【6話】三年ぶりの言葉
雨宮さんと別れた俺は、家への帰り道を歩いていた。
道路の端に立つ街灯が、薄暗くなった辺りの景色をぼんやりと照らす。
話し込んでいたら、すっかり遅い時間になってしまった。
……あ。
俺の背筋が少しだけ跳ねる。
向かいから歩いてくる人間を、視界にとらえてしまったからだ。
それは、芸能人顔負けのとてつもない美少女。
薄暗い中でも眩しい輝きを放っていて、離れたこの位置からでもその美貌を認識できるほどだ。
彼女のことを、俺は知っている。
――結城陽菜。
俺のクラスメイトであり、小さい頃からの知り合いでもある。
いわゆる幼馴染というやつだ。
小学生の頃は仲が良かった。
毎朝一緒に登校していたし、放課後もよく遊んでいた。
しかし中学生になってすぐ、その関係は変わった。
きっかけは、クラスの中心人物だった男子生徒――浅倉に言われた一言だ。
「村瀬お前さ、結城といつも一緒にいるよな。それ、もうやめろよ」
「……は? なんでだよ」
人気のない場所で話しかけてきた浅倉に、俺はイラつきまじりに返す。
普段はこんな反応をしないが、今回だけは特別だった。
陽菜とは長い付き合いだ。
俺の中ではもう、家族のようなものになっていた。
陽菜本人に言われるならいいが、他人にとやかく言われたくない。
「分かんねぇのかよ」
肩をすくめた浅倉は、呆れ顔でため息を吐く。
「お前みたいな底辺が側にいるとな、それだけで結城の評判まで落ちるんだよ。……いちいち言わせるなよ。普通それくらい分かんだろ」
陽菜は最高級のルックスに加え、勉強もスポーツもできる。
おまけに明るくて社交的なので、クラスの――いや、学校全体でもカーストトップにいた。
かたや俺はといえば、カーストの最底辺。
引っ込み思案な性格からコミュ障を発動してしまい、陽菜以外に友達がいない。
いじめを受けているとかそういうのはないが、他の生徒たちから白い目で見られていることは確かだ。
そんなやつが近くにいたら陽菜に変な噂が立って、迷惑する。
浅倉が言いたいのは、そんなことだろう。
俺はなにも言い返せなかった。
それどころか、納得してしまっている。
今まで考えもしなかった。
一緒にいるのが当たり前すぎて、それが当然だと思っていた。
でもそれは、俺の身勝手な解釈だ。
周囲はそう思っていない。もしかしたら陽菜でさえも……。
浅倉に言われたことで、俺は初めてそのことに気が付いた。
「結城、この前言ってたぜ。お前みたいな底辺とは、もう関わりたくないって」
そっか……陽菜はそんな風に思っていたのか。
俺は嫌われていたのか。
いったいいつから、そう思われていたんだろう。
気づけなくてごめん。鈍い幼馴染でごめん。
「……分かった」
小さな声で返事をする。
涙が出そうになるが、強く拳を握りしめて必死に我慢した。
次の日から俺は、陽菜と距離を置くようになった。
一緒に登校するのもやめたし、いっさい話しかけないようになった。
それから少しして、浅倉が陽菜に告白したという話を聞いた。
結果は大失敗。告白から一秒後しないうちに、きっぱりと振られたらしい。
もしかしたら浅倉は、いつも陽菜と一緒にいる俺を邪魔に思っていたのかもしれない。
それで俺を排除するために、『陽菜が俺と関わりたくないと言っていた』と言ってきた。
……そんなことを考えるも、自信が持てなかった。
結局それは俺の願望でしかない。なにも証拠がないのだ。
だから浅倉の件があって以降も、俺と陽菜の距離が戻ることはなかった。
離れたままだ。
そしてそれは、高校生になった今でも続いている。
入学から二か月経つが、一度も会話をしていないどころか目も合わせていない。
きっと卒業するまで、いやそれ以降もずっと、陽菜との関係は変わらいのだろう。
陽菜との距離が縮まっていく。
制服ではなく、私服に着替えていた。
コンビニにでも行くのか?
疑問が浮かぶか、その言葉を口にすることはしない。
だって今の俺たちは、無関係の他人。
仲のいい幼馴染でもなんでもないから、気軽に会話することはできない。
俺は陽菜を見ないようにして、そのまま通り過ぎようとする。
でも、向こうは違った。
俺の目の前でどうしてか、ピタリと足を止めた。
そうなると俺も、立ち止まるしかない。
「ずいぶんと遅いお帰りね。もしかして雨宮さんと一緒にいたの?」
話しかけられるのは、約三年振りだ。
まさかの事態に大きく動揺しながらも、俺はなんとか頷きを返す。
「ふーん」
黄色い瞳を細めた陽菜はそれだけ聞くと、再び歩き出した。
両端で束ねられたオレンジ色のツーサイドアップの髪が、バサリと揺れた。
未だに動揺している俺が動けないでいると、すれ違いざまにボソリ。
「正樹にあの子は似合わないと思うよ」
陽菜はそう呟いて、通り過ぎていった。
「……今のって、釣り合ってない、ってことだよな」
そんなことは、いちいち言われなくたって分かっている。
カーストトップの雨宮さんと俺なんかじゃ、どう考えたって釣り合いが取れていない。
昼休みの一件を、陽菜も聞いていたのだろう。
それできっと、調子乗んなクソ陰キャ、って文句を言いにきたんだ。
「三年振りの言葉がそれかよ」
めちゃくちゃ嫌われていることが、改めて分かった。
苦笑いしかできない。
「というか釣り合うもなにも、雨宮さんとはそんな関係じゃないんだけどね」
でも、それならいったいどんな関係なんだろう?
毎日一緒に昼を食べているから、もう無関係の他人ではないと思う。
以前と関係が変わっていることは確かだ。
けどその名前が、どうしても俺には分からなかった。




