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【58話】俺の役目


「変じゃないんですね。良かったぁ……」


 胸に手を当てた瑠奈ちゃんは、ホッと息を吐く。


 ふー、どうにか落ち着かせることができたぜ。

 瑠奈ちゃんと同じように安堵するのだが、


「あの、無理をさせちゃってごめんなさい」


 ペコリと頭を下げられてしまう。

 

 目を見開いた俺の口から漏れたのは、「へ?」と気の抜けた声。

 予想外の展開に思考が追いつかない。


「今日のお兄さん、ずっと辛そうな雰囲気をしているので……」


 ……やっちまった。

 

 プールになんて来たくなかったのに。

 その気持ちを悟られないよう俺は気をつけていた――つもりだった。

 

 けれど瑠奈ちゃんには、完全に見抜かれていたらしい。

 なんという失態だ。

 

「私なんかと一緒じゃ、つまらないですよね」

「いや、そういうことじゃないんだ。瑠奈ちゃんといるのは楽しいよ。話しやすいし、それに一緒にいると心地いいからね」

「は、はぅ……」


 上ずった声を上げた瑠奈ちゃんは、広げた両手を頬に当てた。

 指と指の隙間から見える頬は、赤色に染まっている。

 

 急にどうしたんだ?

 

 しかしながら、話はまだ半分しか終わっていない。

 謎を残しつつも、残りを続けていく。

 

「ただこういう、大勢人がいるような場所に慣れていなくてさ。こんなことを言うのは恥ずかしいけど、少し緊張しているんだよね。瑠奈ちゃんはどう? ぜんぜん平気だったりする?」

「いいえ、私も同じです。周囲の視線が気になって、ずっと落ち着きません」


 うんうん分かる分かる! めっちゃ分かる!

 やっぱり瑠奈ちゃんは、俺と似ているんだな!


「でも私、お兄さんと二人でプールへ行けると思ったら――あ、今のは違くて!!」

「う、うん……」


 顔の前であわあわと両手を動かす瑠奈ちゃんに、ぎこちない相槌を打つ。

 

 さっきといい、今日の瑠奈ちゃんはいつもに比べて挙動が少し変だ。

 そうなってしまうくらいに、めちゃくちゃ緊張しているんだろうな。

 

「そのですね……私、今日のことは楽しみにしていたんです。こういう場所は苦手なんですけど、家族以外と来るのは初めてだったので」

「……。そういうことなら……よし」


 笑みを浮かべた俺は瑠奈ちゃんの手を取り、足を動かしていく。

 その先にあるのは、流れるプールだ。

 

「あ、あの! お兄さん!?」

 

 いきなり手を掴まれた瑠奈ちゃんは、それはもう驚いていた。

 キョロキョロと顔を動かし、てんやわんやでいる。

 

「せっかく来たんだ。こんなとこに突っ立っててもつまらないし、プールに入ろうよ」

 

 瑠奈ちゃんも俺と同じで、プールが苦手だ。

 それでもここに来ることを楽しみにしていた。

 

 だったら俺は、瑠奈ちゃんの期待に応えたい。

 今日という日を『つまらなかった』ではなく、『楽しかった』にしてあげたい。

 

 きっとそれが、俺がやらなければならないこと。

 ここでの俺の役目。

 

 だから、全力を尽くす。

 入りたくもないプールへ手を引っ張っていくくらい、当然のことだった。

 

 

 流れるプールは大人気で、多くの人でごった返していた。

 プールサイドに比べて、人口密度が跳ね上がっている。

 

 しかもどいつもこいつも「ウェーイ!」とか言ってきそうな、陽キャばっかりだ。

 

 入るのを一瞬ためらってしまうが、ここで引き下がる訳にはいかない。

 

 俺はやると決めたんだ! ビビってどうするよ!

 ……行くぞ!

 

 意を決して、瑠奈ちゃんの手を掴んだまま水の中に入る。

 

 しかし、そうなってすぐ。

 

「きゃっ!」


 かわいい悲鳴をあげた瑠奈ちゃんが、ギュッと俺に抱きついてきた。

 あどけない顔立ちに見合わない大きな胸が、おもいっきり体に当たる。

 

 あわわわわわ!?

 

 こんなことをされたら気が気でない。

 いくら相手が女子中学生だとしてもだ。

 

 むにゅっとした二つの柔らかな感触に、俺の頭は大混乱。

 すっかりパニック状態に陥ってしまう。

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