【52話】妹の友達
昼食を終えた俺は、自宅リビングのソファーに仰向けでゴロンと倒れる。
寝転がってスマホをいじりながら、
「あぁ……幸せだ」
噛みしめるように呟いた。
キンキンに冷房の効いた部屋の中で、おもいっきりだらける。
これぞ最高の夏休みの過ごし方だ。
青春を謳歌しているような陽キャからすれば『最高の夏休みの過ごし方? やっぱりプールとか海だろ! 家にいるだけなんてもったいないぜ!』、みたいな感じなのかもしれない。
だが、そんなのは知ったことか。
夏休みの過ごし方は人それぞれなんだからな!
うんうんと一人で頷いていたら、腹にボフンと重みが加わった。
俺の腹の上に、舞が腰を下ろしてきたのだ。
「……実の兄をイス代わりにするとは、なかなかいい度胸をしてるな」
「いいんですよ~。ここは舞の特等席ですから!」
「そうなの? 俺初耳なんだけど……」
「そんなことよりも……お兄ちゃん! ご飯を食べてすぐに横になるなんてだらしないですよ!」
「分かってないなお前は。これにはちゃんとした理由があるんだ」
説教してくる舞を、フンと鼻で笑ってみせる。
「昨日外へ出かけたことで、体力をたくさん消費したからな。今日はその分を回復しなくちゃいけない」
夏休み初日だった昨日は、雨宮さんと鷹城さんの三人で映画に行ってきた。
それによって得たものは、なににも代えられないくらいに大きい。
本当に最高の映画だった。
しかし、だ。
クソ暑い中を外に出た代償として、体力をガッツリ削られてしまった。
今日は失ったそれを、回復しないといけない。
昨日頑張った分、今日を休む。
人生ってのは、メリハリが大事だからな。
「ですが、舞だって昨日はお出かけしましたよ」
「一緒にするな。俺とお前じゃ体力の量に、天と地ほどの差がある。もちろん低い方が俺な」
「お兄ちゃんの将来が心配です」
「……ガチなトーンで言うのはやめろ」
母親のようなことを言い出した舞は、じっと俺を見つめる。
不安気に開かれた瞳には、ありありと心配の感情が浮かんでいた。
わりと冗談のつもりで言ったのに、とんでもない返しをされてしまった。
予想外の攻撃によって、兄としてのプライドが大きく傷ついてしまう。
ピンポーン!
心に傷を受けた俺を煽ってくるかのように、来客を知らせるチャイムが響いた。
「来ましたね!」
俺の腹の上から降りた舞は、元気いっぱいに玄関へすっ飛んでいった。
そういえばあいつ、今日は友達が家に来るとか言ってたような……。
そのことを思い出した俺は、カッと目を見開いた。
こうしちゃいられない!
早くこの部屋から逃げないと!
舞は友達と遊ぶとき、自分の部屋ではなくリビングを使う。
このままでは、家に来た友達と鉢合わせることになるだろう。
陰キャの俺と違い、舞の交友関係はものすごく幅広い。
遊びに来た友達がめちゃくちゃ陽キャなやつという可能性も、十分に考えられる。
そいつに見られようものなら、もう一大事。
『え、なにこのクソ陰キャ。きっしょ』
きっとそんな風に、俺を嘲笑してくるに違いない。
そうなれば舞の評判も落ちてしまうだろう。
俺がバカにされのるはまだいいとしても、舞に迷惑をかけるのはダメだ。
兄としては、妹の足を引っ張る訳にはいかない。
となればもう、行動あるのみ。
友達がリビングへ入ってくる前に、ここから消えなければならない。
「やってやるぜ!」
行動力の鬼と化した俺は、私室に戻ろうと慌てて体を起こす。
しかしここで、緊急事態発生。
「ぐがっ!? ぬふうううううう!!」
ふくらはぎに激痛が走る。
ソファーから降りようとした拍子に、右足をつってしまった。
「なんでこのタイミングで足をつるんだよ! ざけんなクソッ!!」
恨みの言葉を力任せに叫んでみても、痛みはまったく引いてくれやしない。
ソファーから転げ落ちた俺は、両手で右ひざを抱えながらゴロゴロと床をのたうち回る。
「早く出て行かないといけないってのに! こうなったら……!」
無理矢理にでも立ち上がろうとするも――時間切れ。
リビングのドアが開いてしまう。
あぁ……嘘だろ。
ごめんな、舞。不甲斐ない兄を許してくれ……!
俺は泣きそうになるのだが。
「……へ?」
舞と一緒にリビングに入ってきたのは、銀色の長い髪に青色の瞳をした美少女。
彼女を見た俺は、気の抜けた声を上げた。
「友達って……瑠奈ちゃんのことだったのか。良かったぁ……」
ホッと安堵の息を吐く。
やって来たのが見知った相手で、しかも、絶対に俺をバカになんてしてこないような子だったからだ。
彼女は、優月瑠奈。
舞のクラスメイトで、二人は親友同士だ。
瑠奈ちゃんはもう何度も、この家に遊びに来ている。
それもあって、彼女とは冗談を言い合えるくらいの間柄だ。
けれど、そうなるまでには結構な時間がかかった。
俺も人のことを言えないが、瑠奈ちゃんは極度の人見知り。
初めは怖がられてしまい、一言も口を利いてくれなかった。
それでも少しずつ話すようになって、ゆっくりと時間をかけて今の関係になった。
瑠奈ちゃんは人の悪口とは無縁な、とっても性格の良い子だ。
俺を見ても嘲笑なんてしないし、もちろん舞の評判だって落ちることはない。
来たのが瑠奈ちゃんなら、慌てる必要はなかったな。
ま、もう今さらだけど。
「お兄さん、こんにちは。お邪魔します」
「はい。いらっしゃい」
ほんと、礼儀正しくて良い子だよな!
ペコリと頭を下げる瑠奈ちゃんに、俺は自然と笑顔になる。
「それで……お兄ちゃんはなにをしてるんですか?」
右ひざを抱えて床に転がる俺を、舞がじとーっと見てくる。
いけね、そのままだったっけ。
痛みはもう引いたのに、立ち上がるのをすっかり忘れていた。
「……その、ストレッチをしてたんだよ。夏休みだからって、だらけてばかりじゃよくないからな」
「お兄さんは健康に気を遣っていらっしゃるんですね。素敵です……!」
「あ、ありがとうね瑠奈ちゃん」
あはは、とわざとらしく笑って俺は立ち上がった。
舞の視線が鋭くなった気がするが、気付かないフリをしてやり過ごす。




