【51話】正樹を好きでいる、ということの意味
正樹がいなくなったことで、夏凛の表情は強張ってしまう。
乃亜と二人きりになるのが、気まずくてしょうがない。
(だって私と乃亜が恋している男は、同じやつだから)
乃亜と陽菜は、正樹のことが好きだ。
ベッドの上で正樹に近づいたあの日、部屋に押しかけてきた二人の顔を見てすぐに分かった。
それからというもの、夏凛は正樹のことを好きでい続けていいのか分からなくなっていた。
正樹を好きでいること。
言い換えればそれは、乃亜と陽菜、二人と争うということだ。
友達を大切に想っている夏凛は、親友の二人とそういう関係になるのが怖かった。
でも、諦めることもできないでいる。
スパッと切り捨てられるほど、正樹への想いは小さくはない。
今日のこともそうだ。
正樹と会えると思ったら浮足立って、二時間も早く待ち合わせ場所に来てしまった。
正直もう、どうすればいいのか分からない。
このところ夏凛が思いつめているのは、そんなどっちつかずの日々が続いているからだった。
「私と夏凛ちゃんって、好みが似てるんだろうね」
はす向かいに座る乃亜が、いつもの明るい声色で喋りかけてきた。
(もしかして、私がマサを好きなことに気付いたのか!?)
夏凛の顔が引きつる。
心臓の鼓動が跳ね上がるとともに、冷たい汗が背中を流れた。
「私もね、六月の初めに斗真に告白したんだよ。……振られちゃったんだけどね」
(なんだ……マサのことじゃなかったのか)
夏凛はホッとしつつ、そういうことだったのか、と口にする。
ずっと抱いていた謎が解けた。
あんなにも仲が良かったはずの乃亜と斗真は、ある日を境にいきなり距離を置いた。
なにかあったのは明白だったが、その理由が分からないでいた。
でも、今のを聞いて納得だ。
そんなことがあったのなら、もう一緒にいることなんてできない。
(私もマサに告白して失敗したら、もう一緒にいられないのかな……)
ネガティブな想像が頭によぎってしまう。
ただでさえ重苦しい夏凛の雰囲気が、さらに重みを増した。
「その現場を、たまたま村瀬くんに見られちゃってね。色々あって、お話するようになったんだよ」
「それであいつを……マサのことを好きになったのか?」
「うーん……どうなんだろ」
腕を組んだ乃亜は、軽く首を傾げた。
「村瀬くんと一緒にいるととっても楽しいし、心地いいよ。でもこれが恋愛感情なのかは分かんないや」
「…………本気で言ってんのか? 間違いなくそれは、『好き』ってことだろ」
「そうなのかな? あ、でもね、誰にもあげたくないっていう気持ちはあるよ。結城さんにも……それに、夏凛ちゃんにもね」
両腕を解いた乃亜が、真剣な表情で見つめてきた。
ありったけの強い気持ちがこめられているそれは、夏凛がこれまでに見たことのないものだ。
胃がキリキリする。
居心地が悪くて、今すぐここから逃げ出したくてしょうがない。
「それで、夏凛ちゃんはどう思ってるの?」
「……マサのことを、か?」
「もちろん」
ついにこの時が来てしまった。
夏凛が正樹に好意を持っていると、乃亜は既に確信している。
ごまかしはきかないだろう。
本心を打ち明けて、乃亜の敵になるしかない。
小五からずっと続いてきた関係が、この場をもって終わるのだ。
乃亜の顔をまっすぐ見られなくて、夏凛は顔を下へ向ける。
「……。マサはその…………友達だ」
(…………言えなかった)
こんなみえみえの嘘をついたところで、すぐに見破られるだろう。
乃亜の機嫌を下手に損ねるだけだ。
そんなことは分かっている。
けれどそれでも、夏凛は本当のことを言えなかった。
どうしても勇気が出せなかった。
(なんて情けねえんだろうな……)
自嘲の笑みを浮かべる。
そうしながら、乃亜の言葉を待つ。
でも聞く前から、内容はだいたい想像できてしまう。
くだらない嘘をついた、夏凛への怒りの言葉だ。
「ごめんね。嘘つかせちゃったね」
けれど、飛んできたのは思ってもいなかったもの。
怒りではなく、謝罪の言葉だった。
驚いて顔を上げてみれば、乃亜は申し訳なさそうにしていた。
「とっても友達想いの夏凛ちゃんは、私に遠慮してくれてるんだよね?」
「別に、遠慮なんて……」
「ううん、そんなの分かっちゃうよ。ま、夏凛ちゃんの本心に気付いたのは今日なんだけどね」
乃亜は小さく笑みを浮かべる。
「だって夏凛ちゃんったら、村瀬くんばーーーっかり見てるんだもん! それに斗真のことも諦めてるみたいだしさ。そしたらもう、分かっちゃったよね!」
正樹を目で追っているつもりなんて夏凛にはなかったが、乃亜が言うならきっとそうなのだろう。
無意識のうちにやっていたらしい。
それが原因で本心を突き止められるとは、なんとも間抜けな話だ。
「……でも、なんでだよ? 乃亜にしてみれば私はその……ライバルみたいなもんだろ? どうして私をたきつけるような、こんな真似すんだよ」
乃亜の行動は、夏凛の本心を引き出そうとしているように思える。
でもその行為は、矛盾している。
夏凛をたきつけて正樹への想いを強くさせるのは言うならば、応援だ。
恋のライバル相手にそんなことをしても、乃亜にとってはなんの得にもならない。
それどころか、自分が不利になるような行為だ。
わざわざそんなことをする意味が、夏凛には分からなかった。
「そうだよね。バカなことしてるなーって、自分でも思うもん。でも私ね、どうしても夏凛ちゃんに嘘をつかせたくないんだ。だって夏凛ちゃんは、私の大切なお友達だもん!」
最後に語気を強めた乃亜は、屈託のない顔で笑った。
矛盾していることを承知の上で、それでも夏凛のことを考えてくれている。
乃亜のその気持ちが、本当に嬉しい。こうして友達になれてよかったと、今日ほど実感した日はない。
親友の粋なはからいに、温かい気持ちが体中に広がっていく。
どうしようもなく感極まってしまい、気を抜けば泣いてしまいそうだった。
「それにさ、本気を出した夏凛ちゃんと戦ってみたいんだよね! ほら、よく言うじゃん? 難しいことほど達成したときの喜びが大きいって!」
「もう勝った気でいるのかよ。ったく、自信家なのは相変わらずだな。……私をたきつけたこと、後悔しても知らねえぞ!」
夏凛の口元に、晴れやかな笑みが浮かぶ。
乃亜が――大事な親友が、本気で来いとそう言ってくれた。
だったらもう、嘘をつくのはやめだ。
(自分の気持ちに正直になってやる!)
ずっと胸にあったモヤモヤが、一気に吹き飛んだ。
スッキリして最高に気分が良い。
これも全部、乃亜のおかげだ。
「さぁ勝負といこうぜ、夏凛ちゃん!」
(ありがとな、親友)
シュッシュッとシャドーボクシングをやり始める乃亜に、心の中でめいっぱいの感謝をする。
******
舞との通話を終えた俺は、女子二人を残したテーブルへ戻ってきた。
『今スーパーに来ているんですけど、夕食のメニューのリクエストはありますか?』
かかってきた電話は、そんな緊急性のかけらもないものだった。
舞の気持ちは嬉しいし普段だったら喜んでいたのだが、今だけはやめてほしかった。
いかんせん、タイミングが悪すぎる。
まぁ、やっぱりそれでも嬉しかったんだけど――って、あれ?
鷹城さん、なんかめっちゃ明るくなってないか?
数分の電話を終えて席に戻ってみれば、鷹城さんの雰囲気は一変していた。
憑き物が落ちたかのようにスッキリしている。
思いつめている感じは消え、元気を取り戻していた。
俺が席を離れた数分の間に、鷹城さんが元気を取り戻すなにかが起こったのは確実だ。
おそらくは、雨宮さんの功績だろう。
元気になったのは良かったけど……どうやったんだ?
素晴らしい映画をもってしても無理だったことを、雨宮さんはやってのけた。
しかも、たったの数分間でだ。
いったいどんな魔法を使ったんだろうか。
「俺がいなくなっている間になにがあったの?」
「えー、どうしよかっなあ? ね、夏凛ちゃん」
「そうだなあ」
顔を見合わせた女子二人は、瞳を細めてニヤニヤとしている。
楽しそうなのは結構なのだが、気になるのでもったいぶらずに教えてほしい。
「悪いな。今はまだ教えられねえ」
しかし鷹城さんの答えは、ノー。
現状の俺では、その資格がないらしい。
いつか教えてもらえる日が来るのだろうか。
晴れやかな鷹城さんの顔を見ながら、俺はそんなことを思った。
★★★作者のあとがき★★★
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