【4話】久しぶりのボッチ飯
その日の昼休み。
俺はいつものように体育館裏のベンチ――ではなく、実習棟の使われていない空き部屋で昼食をとっていた。
今日の空は雨模様。
外を見れば、ざーざーと雨が降っている。
体育館裏のベンチはむき出しになっていて、降りしきる雨から守ってくれる物はなにもない。
今日みたいな日にそこで食べたら、びしょ濡れになる。
俺はそれを嫌って、いつもと違う場所で弁当を食べることにしたのだ。
「一人で昼飯を食うのは久しぶりだな」
ここ一週間ほどは、毎日体育館裏のベンチで雨宮さんとアニメの話をしながら昼食を食べていた。
そのせいでこうして一人で弁当を食べていると、ずいぶんと懐かしい気分になってしまう。
「……まさかとは思うけど、雨宮さん行ってないよな?」
彼女は昨日の昼休みもいつものように、「また明日ね」と言って帰っていった。
もしその言葉通りに行動していたなら、と考えて心配になってしまう。
教室を出る前に、『今日は別のところで食べるから』と一言声をかけるべきだったかもしれない。
体育館裏のベンチへ、今から行ってみるべきだろうか。
いや、それはさすがに心配しすぎか。
外の様子を見れば、あそこで食べようとは思わないだろう。
きっと雨宮さんも今頃、どこか別の場所で食べているはず。
これはたぶん、余計な心配というやつだ。
そう結論づけた俺は、両腕を天井へ向けた。
小さく息を吐きながら、軽く伸びをする。
今日は久々のボッチ飯だから、いつもみたく気を遣わなくていい。
思う存分リラックスできる。
俺は今、最高に自由だ。
それなのに、そのはずなのに、
「……物足りない」
いまいち気分が盛り上がらないでいた。
理由は……分かっている。
ここに雨宮さんがいないからだ。
一緒にアニメの話をして、大盛り上がりしながら昼食を食べるのが楽しかった。
入学以来ずっとつまらない高校生活を送ってきた俺にとって、心が舞い上がる初めての時間だった。
きっとそれは、俺にとってかなり大事なものだった。
だってこんなにも物足りないと感じるのだから。寂しいのだから。
「明日は晴れますように」
窓から外を眺めた俺は、そんなことをお祈りしてしまう。
一人を好んでいたはずなのに、いつの間にかまったく逆のことを考えるようになってしまった。
どうやら俺は、この一週間でだいぶ変わってしまったらしい。
******
予鈴が鳴るとほぼ同時に、俺は教室に戻ってきた。
自席に着いて、午後の授業の準備を進めていく。
足音が、聞こえてきた。
それはまっすぐ俺の方へ向かってきて、すぐ隣で止まった。
「どうして来てくれなかったの?」
震えていて、弱々しい。
隣から聞こえてきたのは、そんな声。
そこに立っていたのは、雨宮さんだった。
白のブラウスは濡れていて、手にはコンビニの袋を持っている。
コンビニの袋は膨らんだままだ。
中に入っているのは、大量のコンビニパン。すべて未開封だ。
その状況が示す答えは、一つしかなかった。
「もしかして、ベンチに行ったの?」
「……そうだよ。村瀬君と一緒に食べたくて、ずっと待ってた」
雨宮さんはスカートの裾をギュッと握った。
うつむいて、今にも泣きそうでいる。
締め付けられるような強い痛みが、俺の胸に走った。
罪悪感に押しつぶされそうになる。
「ごめん! 今日は雨だったから、来ないと思って……。でも、明日は絶対行くから!」
雨宮さんとの関係を終わらせたくない。
その一心で、ありったけの気持ちを言葉にこめる。
そうしたら、自分でもビックリするくらいに大きな声が出ていた。
当然それは、周囲にいるクラスメイトに聞こえてしまった訳で。
結果として、教室内が一気にワーッと湧くという事態を引き起こしてしまう。
「あいつ、雨宮さんとそういう関係だったのか! やるな!」
「でも雨宮さんって、剣崎と付き合ってたんじゃないのか? ……それってもしかして、剣崎から奪ったってこと!?」
「剣崎に勝つとかすげぇ! うぉおおおおお!」
男子生徒たちは大盛り上がり。
陰キャの俺が雨宮乃亜という高嶺の花を手に入れたことに、惜しみない称賛を送る。
それは大きな勘違いなのだけれど。
なんだこいつら、好き勝手に盛り上がりやがって!
ともかく、早く否定しないと!
俺なんかと付き合っているという噂が広まれば、雨宮さんにとってはいい迷惑だ。
ただでさえ今は彼女への罪悪感でいっぱいなのに、これ以上の罪を重ねたくない。
「盛り上がってるとこ悪いけど、俺と雨宮さんは――」
真実を伝えようとした俺の口が、急ブレーキ。
雨宮さんが俺のワイシャツの袖部分を、ギュッと指でつまんできたのだ。
想定外の事態に、俺は戸惑うことしかできない。
しかし、すぐにハッとする。
これはマズいんじゃ……!
こんな場面を見せつけたら、さらに勘違いが拡大してしまう。
早く訂正しなければ。
けれど、そのときにはもう遅かった。
新たな燃料を得たことで、男子生徒たちの興奮はさらに上昇。
歓声と口笛が飛び交ってしまう。
「いや、あの……これは違うんだ」
それでも事実を伝えようとしたのだが、俺の小さな声なんてすぐにかき消されてしまう。
誰にも届いていない。
……なんてことだ。
とんでもないことになってしまった。
ガックリと肩を落とす。
そんな状態だったから、一人の女子生徒から鋭い視線を向けられていることに、俺はまったく気が付けないでいた。




