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【37話】大事な話


 七月上旬になり、一気に気温が上がった。

 

 体育館裏のベンチは日陰になっているからまだマシなものの、それでも暑い。

 昼食を食べている俺の額には、うっすらと汗が滲んでいた。

 

「今日暑すぎじゃない? このまま溶けてベンチと一体化しそう――って、どうしたの?」


 隣にいる雨宮さんに雑談を振ろうかと思ったのが、途中でストップ。

 じっと見つめられていることに気づいたからだ。

 

「……実はね、とっても大事な話があるの」


 雨宮さんの雰囲気は重々しく、いつになく真剣な表情をしている。

 普段とはまったく違う姿に、思わず俺は息を呑んだ。

 

「これを聞いたら、かなりビックリすると思う。……もしかしたら、ショック死しちゃうかもしれない。覚悟はある?」

「……そんな覚悟なんてないよ。まだ死にたくないし、無理に話してくれなくても――」

「じゃあ、いくよ……!」

 

 雨宮さんの中では、話すことは最初から決まっていたらしい。

 

 なんのための確認だったんだよ。

 というかもしかして俺、死んでもいいと思われてるの?

 

 ぞんざいな扱いに少し悲しくなりつつも、俺は小さく頷く。


「私の見た目ってほら、『めっちゃ聡明な頭のいい女の子』って感じがするでしょ?」

「えっ、ごめん。それはちょっと思ったことない――」

「でもね……実は私、なんにも勉強ができないんだよ!!」


 両手でスカートの裾をギュッと掴んだ雨宮さんが、めいっぱいの叫びを上げる。

 どうやらこれが『ショック死するレベルでビックリする』という、話の内容だったらしい。


 しかし俺は、まったく驚かなかった。

 もちろんショック死だってしていない。

 

 それどころか、失礼とは思いつつもめちゃくちゃしっくりきていた。

 

 これまで雨宮さんとは決して少なくない時間を一緒に過ごしてきてが、聡明さを感じたことなんて一度だってない。

 薄々そんな気はしてたけどやっぱりか、というのが俺の正直な感想だ。

 

『私って実は、学年トップ10に入るくらい頭が良いんだよね~』とか言われた方が、きっと驚いていた。

 

 それでも一応空気を読んで、「ナ、ナンダッテー!」と返してみる。

 一ミリも思ってもないことを言っているせいでかなりひどい棒読みになってしまったが、こればかりは仕方ない。許してほしい。

 

「だよね! すっごく意外だったと思うけど、実はそうなんだよ!」


 しかし雨宮さんは、俺の棒読みをまったく見破れていない。

 驚いていると信じていて、これっぽっちも疑っていなかった。

 

 詐欺とかに簡単に引っかかりそうなタイプだな……。

 

 あまりのチョロさに将来が心配になってくる。


「五月に中間テストがあったじゃん? そのときの点数がさ、ちょ~っとヤバかったんだよね……。だから来週の期末テストは頑張らないとマズいんだよ」

「ヤバいって、中間の点数はどれくらいだったの?」

「92」

「…………」


 絶句。

 衝撃のあまり、つい俺は言葉に詰まってしまう。


「一応聞くけど、それって一教科あたりの平均だったりしないよね?」

「あったりまえじゃん! 全部の合計だよ!」


 中間テストの科目数は12で、一教科につき100点満点だった。

 全教科全問正解すると、1,200点となる。

 

 それを踏まえると92点という数字は……ひどい。ひどすぎる。

 ちょっとヤバい、で済まされる範囲を軽く超えていた。

 

 よくそれでこの高校受かったな……。

 市内二番手の進学校だぞ、ここ。

 

「確か村瀬くんって、かなり頭良かったよね。そういうわけだから勉強教えてよ!」

「え、俺が?」


 雨宮さんの言う通り、俺の成績はそれなりに良い。

 中間テストの結果は、いわゆる『上位陣』とか『頭いいやつ』とかそんな風に言われる位置にはつけている。

 

 しかしながら俺は、首を縦に振れないでいた。

 

 俺はこれまで一度だって、他人に勉強を教えたことがない。

 雨宮さんの力になりたいのはやまやまなのだが、ちゃんと教えられるのかという不安があった。

 

「今度も同じような点数だったら、補習補習補習……補習の嵐だよ! そうなったら私の大事な夏休みが潰れちゃう……! だからお願いだよ村瀬くん! 私を助けて!!」


 身を乗り出した雨宮さんが、俺の両手をギュッと握ってきた。

 

 俺を見上げるその顔は、今にも泣き出してしまいそう。

 必死な気持ちが痛いくらいに伝わってくる。

 

 そんな風に頼み込まれてしまえば、俺はもう断ることなんてできなかった。

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