【12話】剣崎からの相談
俺が学校で一番好きな時間は、帰りのホームルーム終了後だ。
一日が終わったという達成感と、開放感。家に帰ってなにをしようかという期待感。
それらを一挙に摂取できるこの時間が、たまらなく好きなのである。
そんな幸せを味わっている俺のところに、男子生徒が近づいてきた。
「この後なんだけどさ、時間あるか?」
話しかけてきたのは、クラスのカーストトップ男子――剣崎斗真。
言葉の圧は重厚で、有無を言わさない感じだ。
張りつめた雰囲気を放っており、余裕とか爽やかさとか、剣崎がいつも纏っているものはどこかに消えていた。
たぶんだけど、そうなっている理由は想像がつく。
先日の一件で、俺と雨宮さんが一緒に昼飯を食べていることが公になった。
そのことでクラスメイトたちは俺を、『剣崎に勝った男』と認識するようになってしまった。
完全なる事実無根の勘違いではあるのだが、剣崎にしてみればそんな噂が立つこと自体面白くないのだろう。
俺を痛めつけることで、身の程を分からせようとしているに違いない。
……となると、行き先は体育館裏が濃厚か。
暴力を振るうには、そういう人気のないところがうってつけだからな。
予定なんかないけど、それが分かってて行くかよ!
「悪いな。今日は予定があるんだ」
「……そっか。大事な相談があったんだけど――あ、ごめん! いいんだ、気にしないでくれ!」
口調は明るいが、ものすごく残念そうな顔をしている。
俺に気を遣わせないように、無理に明るくしている感じだ。
あれ? もしかして俺をボコりに来たんじゃなくて、マジな相談があったのか?
たちまち罪悪感が湧き上がってくる。
「あ、その……予定は明日だったっけ。だから、大丈夫!」
罪悪感から逃れるために、俺は慌てて言い直す。
こうして、放課後の予定が決まってしまった。
学校を出た俺と剣崎は、ファミレスへ入った。
テーブル席に向かい合って座る。
ついその場の勢いで来たけど、やっぱり断ればよかったかも……。
剣崎と話したのは今日が初めてだ。
そんな状態なのに、ファミレスで二人きりというこの状況。
気まずくて死にそうだ。
今更ながらに後悔が押し寄せてくる。
「急に呼び出して悪かったな」
「……だ、大丈夫だよ。それで相談ってなに?」
こうなったら、とっとと終わらせよう!
そんな心づもりで、本題に切り込んでいく。
剣崎は少し恥ずかしそうにしてから、真剣な顔つきになった。
「俺、結城のことが好きなんだ!」
「そっか」
文武両道の超絶美少女である陽菜は、当然ながらモテまくっている。
入学から二か月現在で告白された回数は、三桁以上あるとかないとか。
だから剣崎の言葉を聞いても、俺はまったく驚かなかった。
ふーん、お前も好きなんだ、くらいにしか思わない。
「でも、どうして俺にそんな相談を?」
「そんなの決まってるだろ」
微笑んだ剣崎が、俺の肩をポンと叩いた。
まっすぐに見つめてくる瞳には、とてつもない信頼が乗っかっている。
「村瀬。お前が恋愛強者だからだ」
いやそれは勘違いだから!
先日の一件で俺は、恋愛事にめっぽう強い人間――『恋愛強者』というあだ名がつけられてしまった。
嘘もいいところなのだが、噂は完全に独り歩きしていて広がり続けている。
最近ではクラスメイトだけでなく、他のクラスの生徒にまで浸透している始末だ。
廊下ですれ違うたびに、「お、あれが恋愛強者か。やっぱりオーラ出てるな」とかひそひそ言われてしまっている。
オーラってなんだよ? 絶対見えてないだろ?
もし出てたとしてもたぶんそれは、陰キャオーラだろ。
そして目の前にいる剣崎も、そんな勘違いしている人間の一人らしい。
陰キャぼっちの俺が恋愛強者なんて、どう考えてもありえないだろ。
少し考えたら分かるのに、どうして……。
というか、恋愛強者というなら俺じゃなくて剣崎の方が、よっぽどそうだ。
文武両道の爽やかイケメンで、なんだってできる。
そんな剣崎は、当然ながらモテまくり。
俺なんかよりもずっと、恋愛強者の称号がふさわしい。
「それにさ、村瀬と結城って幼馴染なんだろ? なにかいい情報聞けると思ったんだ」
「ああっと……悪いけど、それ目当てなら無駄だよ。俺は陽菜に嫌われているから」
「……言われてみれば、お前らが話しているところなんて一度も見たことないな。……悪い。嫌な思いをさせちまった」
剣崎は惜しむこともなく頭を下げた。
非があると認めたらすぐに謝罪できるのは、なかなかできることじゃない。
しかも相手はカーストの底辺。普通ならプライドが邪魔して謝れないだろう。
こういう素直な部分が、モテる秘訣なのかもしれない。
「別に気にしなくてもいいよ。あ、でも駅前のお菓子屋さんのシュークリームを持っていくといいかも。陽菜の好物なんだ。……って言っても小学生のときの話だから、役に立つかは分からないけど」
「いやいや、ナイス情報だぜ! サンキュな村瀬! よし、ここは俺のおごりだ! なんでも食ってくれ!」
「……う、うん。ありがとう」
初めて話したが、めちゃくちゃいいやつだ。
もし俺が女だったら、今の言葉で恋に落ちていただろう。
イケメンは心までイケメンというのは、本当のことだったらしい。




