【1話】振られた女子にコーラをあげる
それはまさに、最悪というしかなかった。
「ごめん。俺、お前とは付き合えない」
教室のドアを開けると同時に聞こえてきたのは、そんな言葉。
自分の席に忘れ物を取りに来た俺は、クラスメイトの女子が振られた場面に立ち会ってしまった。
「でも、ありがとな! 嬉しかったぜ!」
振った男子生徒は爽やかな声でお礼を言うと、足を動かし始めた。
俺の反対側のドアから、廊下へと出ていってしまう。
俺が入ってきたことには、気づいていないようだった。
教室内には他に誰もいない。
俺と振られた女子生徒の二人だけが、教室に取り残されてしまう格好となった。
なんだよこの状況……。
気まずいなんてもんじゃないぞ。
こうなれば、やることは一つだけ。
忘れ物をパパッと回収して、一秒でも早くここからおさらばすることだ。
静かにドアを閉めた俺は、女子生徒を見ないようにしながら早歩きで自分の机へ向かった。
机の中から忘れ物――教科書を取り出し、通学バッグへ強引にしまい込む。
これで目的は果たした。
あとは素早くここから出ていけば、ミッションコンプリートだ。
出入り口を目指し、早歩きで歩いていく。
しかし、その途中。
俺は足を止めてしまった。
「う、うぅ……ひっく」
聞こえてきたのは、女子生徒の嗚咽。
痛ましい声で、涙を流している。
きっと無視するのが正解なんだろうが、さすがにそれはできない。
俺はそこまで薄情な人間ではないのだ。
でも、どうしよう……。
こういうときに慰める言葉が見つからない。
それに相手は、あの雨宮さんだしな……。
泣いている彼女――雨宮乃亜は、桜台高校一年三組の女子生徒。
俺のクラスメイトで、そして、クラスカーストのトップにいる女子だ。
かたや俺はといえば、存在感皆無のぼっち陰キャ。
入学から二か月経つ六月上旬の現在でも友達0人で、クラスカーストの最底辺にいる。
一応クラスメイトではあるものの、俺と雨宮さんとでは住んでいる世界がまるっきり違う。
変に言葉をかけようものなら、『ぼっちが調子乗らないで!』とか思われるに違いない。
よし、話しかけるのはナシだ。
そこで俺は、別の方法を取ることを決意。
通学バックから、未開封のペットボトルを取り出す。
中身は先ほど自動販売機で購入したばかりの、キンキンに冷えたコーラだ。
帰り道で飲もうと思っていたのだが、状況が状況なのでしょうがない。
「はい、これ」
泣いている雨宮さんへ近づいた俺は、そっとコーラを差し出した。
話しかけられないが、なにかせずにはいられない。
そんな俺が彼女にしてあげられる、唯一のことだった。
「……くれるの?」
真っ赤に充血している雨宮さんの水色の瞳が、俺に向いた。
肩先まで伸びている青色の髪がわずかに揺れる。
整った顔立ちを涙で濡らす雨宮さんに、俺は小さく頷いた。
「ありがとうね。ええっと…………」
「村瀬だよ。クラスメイトの村瀬正樹」
名前を覚えられていなかったようだが、特にショックではない。
雨宮さんとは一度も話したことがないし、それにカーストトップからすればぼっち陰キャの俺なんて道端の石ころと同じ。
道端の石ころに名前をつけるやつなんていないだろ?
だからこれが普通だ。
「ありがとうね村瀬くん」
ペットボトルを受け取った雨宮さんは、すぐにフタを開けた。
プシュッという小気味良い音とともに、人工甘味料の匂いが広がる。
自由になっている方の手を腰につけた雨宮さんは、ペットボトルを口にあてた。
もう一方の手に持っているペットボトルを傾けると、ものすごい勢いでコーラを腹に流し込んでいく。
ごくごくごくごくごくごく……!
一向にペットボトルを口から離そうとしない。
すごい……! どんどん中身が減っていくぞ!
豪快な飲みっぷりにすっかり魅せられていると、いつの間にか中身は空に。
なんと、500ミリリットルのコーラを一気飲みしてしまった。
おぉ! すげぇ!!
雨宮さんの飲みっぷりは、素晴らしいの一言。
思わず拍手しそうになるが、いやいや、そんな場合ではないことに気付く。
コーラを渡した時点で、俺にできることはもうない。役目は終わった。
これ以上ここにいる意味もないし、早く帰るべきだ。
「えっと……それじゃ、俺はこれで――」
「どうしてかな? どうして私、失敗しちゃったんだろう」
「…………え」
もしかして、俺に言っているのか?
いやまさか、そんなはずはない。
こんな俺がカーストトップに話しかけられるなんて、それはもう都市伝説だ。
ありえないことだ。
しかし周囲を確認してみるも、教室にいる人間の数字に変化はない。
俺と雨宮さんの二人だけ。
つまりそう、都市伝説。
雨宮さんは、俺に話しかけていた。
「そりゃ、絶対成功するなんて思ってなかったよ。でも、119%いけると思ってたのに……」
99%じゃなくて、119%なんだ……。
なんか……あれだ。独特な人だな。
そこはさておき、雨宮さんがそう思うのも無理はなかった。
雨宮さんを振った男子生徒は、剣崎斗真。
同じく一年三組のクラスメイトで、スポーツ万能の爽やかイケメン。カーストトップにいる、陽キャの中の陽キャだ。
雨宮さんと剣崎は仲が良くて、いつも一緒にいた。
休み時間も昼休みも、それこそずーっと一緒。
だからもう、とっくに付き合っているものだと思っていた。
きっとそれは、俺だけではない。
一年三組のクラスメイトのほとんどが、思っていたことだろう。
だから二人が付き合っていなかったことには驚いたし、剣崎が告白を断ったことにはさらに驚いている。
「斗真とは幼馴染なの。あいつと初めて会ったのは三歳のときでね――」
雨宮さんが剣崎との思い出を語り始める。
わずかに上を向いている瞳は、遠い目をしていた。
もしかしてこれ、聞いていかなきゃいけない感じか?
悪いが、二人の思い出話にはこれっぽっちも興味がない。
さっさと帰りたい。
しかしそれを行動に移したら、きっと雨宮さんは傷つくだろう。
ただでさえ振られて落ち込んでいる人間にさらにダメージを与えるというのは、どうにも気が引ける。
……少ししたら終わるだろ。
仕方ないので俺は、それとなく相槌を打ちながら聞くことを決める。
しかし、その見通しは甘かった。
二時間後。
「じゃあ次は、小学三年生のときの運動会の話だね」
雨宮さんの口はまだ、剣崎との思い出を語り続けていた。
しかも頼んでもないのにかなり詳しく語ってくるので、まったく終わる気配がない。
いつまで続くんだよ、これ……。
興味のない話を長々と聞かされるというのはかなり疲れる。
さすがに長すぎる。もう限界だった。
誰でもいいから助けてくれ!
心の中でSOSを叫ぶ。
そのとき。
出入り口の扉が開いた。
入ってきたのは、二十代前半の女性――担任の教師だ。
「話し声が聞こえたから来てみれば……なにしてるんだお前たち? 下校時刻はとっくに過ぎてるぞ。早く帰れ」
それはまさに、今一番欲しかった言葉。
SOSはきちんと届いてくれた。
ありがとうございます、先生!
どこか近寄りがたい雰囲気をしている担任のことが、俺はあまり好きではなかった。
でも今この瞬間、好感度は一気に上昇だ。特大の感謝の気持ちを心に抱く。
おかげで俺は、雨宮さんから解放。
やっとこの教室を出ることができた。
読んでいただきありがとうございます!
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