原爆と竹槍90話
二人の男は、死んだ鈴子を見て涙を流した。
「私たちは、戦災被害者をお助けする核目を負った、自警団の谷崎と鮫島です。被災者の方を見つけたら、病院にお連れする役目をしているのです」
谷崎が涙を拭きながら説明した。
「夫が私の帰りを待っています。もう、病院に行く時間がないのです」
雪の言葉を聞いた二人は、驚いたように顔を見合わせた。
「どちらから、お帰りになったのですか」
あることを思い出したのか、目を潤ませて尋ねた。
「広島からです」
広島と聞いた二人の男の目から涙が溢れ出た。
出る涙を止めようと男たちは、空を見上げたが、涙は止まらなかった。
「ご主人が待っているんですね。じゃあ、どうぞ、帰ってください」
谷崎が悲しみを必死に堪えて言った。
一礼して、雪が歩きだした。
すると、鮫島が雪に聞こえないように小さな声で言った。
「広島にも大爆弾が投下されたんだね。よく、あの身体で、遠い広島から帰ってこれたね、抱いている子供は死んでから間もない、彼女の悲しみは想像を絶すつものがある。その辛さに堪え、待っている夫の元へ急いでいる。もう黙って見ていられない。彼女を夫の元へ連れて行こう。僕が彼女を背負うから、子供を頼む」
「手助けはよせ!」
谷崎が有無を言わさぬ強い語調で言った。
「何故だ、今にも死にそうなあの女性を、助けようともしないで、帰ってくださいとは何事だ。君が嫌なら私が背負って行く」
「止めておけ!」
谷崎が再度制した。
「なぜだ!」
「ここまで、一人で帰ってきたのだ。その強い想いを完遂させて上げたいのだ」
谷崎が辛そうに言った。
「確かに、彼女の姿には、誰の姿も受け付けないと言う強い意志を感じる。もし、我々が助けると、緊張の糸が切れ、今すぐ死ぬかもしれないね」
納得したが、辛いのか鮫島は天を仰いだ。
「さあ、後を付いて行こう」
言った谷崎だが、鮫島に背を向けて泣いた。
「何故、そんなに悲しむのだ」
鮫島が問い掛けるが、谷崎は何も答えず、雪の後を追う。
雪から三千メートルほど後を歩きながら、谷崎が言った。