原爆と竹槍74話目
「しっかりして!」
身体を揺すった。
鈴子が消え入りそうな声で言った。
「かあさん、お水」
鈴子が苦しげに口を開けた。
水はない、だが、鈴子が口を開けて待っている。
出来る事なら、我が血でも飲ませてやりたい雪だが、それも出来ずに雪は泣くのだが、涙も枯れ果てたのか出てこない。
「可哀相な鈴子」
辛さに耐えられなくなった雪は鈴子を我が胸に抱いた。
すると、雪の手は無意識に自分の乳房を持ち、鈴子に含ませていた。
「うんと、飲みなさい」
鈴子がお乳を吸う、初めて、鈴子にお乳を飲ました時の、あの幸せな瞬間を思い出し、切ない愛おしさがこみ上げて、一時、全ての苦しみを忘れた。
鈴子は、無意識に雪の乳房に手を当てて飲んでいた。
母親が子供にあげられる最高の愛はお乳である。
例え、お乳が出なくても、吸うだけで母の強い愛を感じた鈴子は、空腹や身体の痛みを忘れたように安らかな寝息を立て始めた。
鈴子の寝息を聞いた雪の心も安まり、鈴子を抱いたまま、浅い眠りについた。
哀れな親子の寝姿を、星たちが安らかに眠れとばかりに瞬きをしながら見守り、天も親子の悲しい境遇に堪えられなくなったのか、涙を流星に変え、地上に降らせていた。
どのぐらいの時間を眠っただろう。
「かあさん、お腹すいた」
鈴子の声に雪は目が覚め、同時に激しい空腹感に襲われて目を開けると、夜は開けていた。
「食物を探すわね」
雪は、辺りを見渡したが、食べられそうな草や木の実はなかった。
「歩ける?」
鈴子が首を振る。
「母さんの背に乗りなさい」
雪が背を向けた。
「母さんは歩けるの?」
鈴子は心配そうに尋ねた。
「大丈夫よ、さあ、乗りなさい」
鈴子が雪の背に乗った。
今の雪に、普段より痩せたとはいえ、鈴子を背負うのは重労働である。
そのため、数百メートル歩く度に休み、水を飲んでは、また、歩いた。