原爆と竹槍73話
雪は、鈴子の耳に唇を寄せ、小さい声で言った。
鈴子は震えながら、雪の胸に頷いた。
息を懲らす二人の耳に、がさがさと落ち葉の上を駆け回る音が聞こえた。
ネズミ、イタチが歩く小さな音でも、それ以外の音が聞こえ暗闇の中では、恐い思いをさえられた犬が走る音に聞こえるのだ。
二人は身を地締め、音が聞こえなくなるまで、息をこらし、恐怖に耐えるしかなかった。
やがて、音が聞こえなくなった。
恐さによる緊張がとれたのか、鈴子が弱々しく言った。
「かあさん、何か食べたい」
「何もないの、水を飲んでね」
鈴子に水筒を渡した。
こんな会話を何度しただろう。
そしてついに水は無くなり、鈴子が水筒を持ち、辛そうに言った。
「お水がない」
「ごめんね、暗くて、お水を探せないの、だから、夜が明けるまで待っていてね:
「うん」
雪は、鈴子の我慢が限界を越えていることが分かっていた。
しかし、何もしてやれなくて泣いた。
少しの間、鈴子は我慢していたが、とうとう、我慢できなくなって言った。
「お水が欲しい」
「じゃあ、母さんは、その辺りで、水を探してくるわね」
言って、雪は力なく立ち上がった。
「どこへ行くの!」
鈴子は恐怖に慄きながら雪の足を掴んだ。
「お水を探しに行くのよ」
「こわいから、遠い所へ行かないで」
「行かないわ、鈴子が聞こえるように、鈴子に話かけるから答えてね」
「うん」
「そうだ、鈴子は話す力もないから、私が話掛けたら、うん、とだけ答えなさい」
「うん」
「それでいいわ」
僅かな星明かりを頼りに、雪は水を探した。
声が鈴子に届く範囲は限られているため、水を探し当てるのはほとんど不可能である。
だが、探すしかないのだ。
何度も話しかけていると急に返事が聞こえなくなった。
「鈴子」
雪は急いで戻ってくると、鈴子がぐったりしていた。