原爆と竹槍71話
だが、全ての被災者は、自分の家が焼け、食べる物や着るものなど、全てを無くしても、誇りを失わず、自分を犠牲にしても社会の秩序を守ったのだ。
そのため、関東の治安は保たれ、驚くほど早い復興を成し遂げられたのだ。
誇りや恥の美徳は、日本有史以前より、各人の心の中に延々と受け継がれていたのだ。
だが、悲しいことに、一度、権力を与えると、自分の利益のためなら、平気で国家を売るような独裁者に豹変する者がいる。
その典型が伊達政宗である。
政宗は、日本を支配するために、西洋に助けを求める使者を送ったが拒否された。
役目を果たせなかった多くの使者たちは、日本に帰れば切腹を命じられるので、帰りたいが帰れずに激しい故郷への念を抱きながら、スペインの地に留まることを決意したのだ。
もし、政宗の願いが叶っていたら、日本は南米諸国のように植民地になっていた。
権力は独裁であり国民の敵である。
一部の人間が権力を持つ国家に真の幸せは無い。
その証拠は、今の日本を見たら、一目瞭然である。
権力による多くの犠牲を見た雪は、権力を心から憎むようになり、もし、可能なら権力のない国を創りたいと考えていた。
しかし、今の雪には余りにも遠い夢、今は、今を生きるための食物を探さねばならないのだ。
雪と鈴子は必死に食物を探し歩いた。
誰のものでもない物の中から食物をさがさねばならない。
しかし、昼が過ぎても、食べ物が見つからないため、水で腹を満たすしかなかった。
やがて、鹿島市に着いたが、どこの家も門を閉ざし、人声も歩く姿も見かけないが、微かに食物の匂いが漂ってくる。
しかし、その匂いは雪と鈴子に一層の空腹感をもたらす。
その苦しみに堪えながら母娘は鹿児島市を通りすぎた。
「かあさん、お腹すいた」
鈴子が弱々しく言った。
「ごめんね、でも、すぐ、見つけるから、辛抱してね」
「すぐって、、いつ?」
雪は言葉に詰まった。
「ねえ、本当に食べれられるの?」
「今夜までに必ず、見つけるわ」
「今夜?」
「鈴子にこんな辛い思いをさせたりしてごめんね」
「母さんが何も食べないから、鈴子も我慢しているの、こんど、鈴子が食べる時には母さんも一緒に食べてね」
鈴子は、雪が食べずにいることをしっていたのだ。
聞いて雪の目から、涙が溢れ出た。
その涙を隠そうと、左側を向くと、有明海が涙の向こうに見えた。
そして、綾の哀れな姿が蘇ったと同時に、綾が貝を取っていたことを思いだした。
「あの海辺へ行ったら、食物が取れるかもしれないから、行くわよ」
「どんな食物」
「貝よ、貝はね、煮ても焼いても美味しいのよ」
「貝って、あさり、ハマグリ?」
「分からないけど、一杯、取れるわ」
「うん、早く、美味しい貝を食べたいわ」
雪と鈴子は、無い力を振り絞って、有明海へ行った。
「ここで、待っていなさい」
鈴子を松の下に座らせ、雪が有明海の干潟に入ろうとした時、急に飛行機音が聞こえ、後ろの山から戦闘機が現れた。
「きゃあ!」
雪は、悲鳴を上げて、干潟から鈴子の所へ逃げ帰ってきた。
もし、雪が二十メートル以上、干潟の中へ入っていたら、雪の運命は綾と同じ運命を辿ることになっていた。
逃げ戻った雪だが、いくら、戦闘機が恐ろしいからといっても、貝を取らないと、二人が飢え死にする恐れがあるために、此処から逃げ出すことが出来ない。
戦闘機は、第二の綾を探そうとするかのように、有明海上空を旋回していたが、どこかへ飛んで行った。