原爆と竹槍7話
父親の姿と目敏く見付けた鈴子が父親を呼ぶ。
「父ちゃん」
作業していた雪は、その声に驚いて、下方の道を見ると、握った手から白い紙がはみだした腕を振りながら、一生懸命、坂を登ってくる夫の姿を見た。
「あなた!」
雪は、叫びながら、明と手助けしようと駆け下りた。その母親の後を鈴子が追う。
明に駆け寄った雪が尋ねる。
「急用なの!」
明が苦痛の表情を浮かべ電報を雪に見せると。
「母さんが!」
雪が悲鳴に似た声で叫び、明に縋りついた。
明は、一昨年、雪と鈴子の三人で義母の所へ行った時のことを思い出して言った。
「広島へ行ったとき、無理にでも、お義母さんを長崎にお連れするんだった」
「それが、悲しい報せだったわ」
雪の涙は止まらない。
「雪、広島より長崎は安全だ。早く、お義母さんを迎えに行こう」
長崎市も絶対に安全だとは言えないが、まだ、戦闘機に襲撃された人がいないことから広島より安全といえるだろう。
「そうね、すぐ、行かないと死んでしまうかもしれないわ」
急いで帰ろうとしたとき、雪が何時も親しく話しあっている道子が通りかかり、話掛けて来た。
「随分、急いでいるようですが、何かありましたの?」
「はい、急用が出来ましたので」
「どんな急用なの?」
雪は、話す時間も無駄にできないのだが、いつも、互いの悩みを話し合っている道子だけに、無下に断ることが出来ないので話した。
「広島の母が米軍機に撃たれて大怪我をしたの」
「それは、お気の毒なこと、引き止めてご免なさい」
訳を聞いた道子は心配そうに言った。
「いいえ、じゃあ、急ぎますので」
雪が立ち去ろうとしたとき、道子が急に思い出したように言った。