原爆と竹槍68話
「母さん、お水が欲しい」
雪が水筒を開けると一滴も無かった。
「今はないから、すぐ探すわね」
しかし、なかなか、見つからない。
「水が欲しい」
鈴子が譫言のように呟いた。
「ごめんね」
鈴子の辛そうな声を聞いた雪は、切なくて泣きたくなる。
だが雪の身体も涙さえ出ないほどの水分不足に陥っていたのだ。
「もう、歩けなくなったわ」
鈴子が苦しそうに言った。
「もう歩かなくてもいいから、母さんの背中に乗りなさい」
雪が背を向けると鈴子が乗った。
一時間ほど行くと、遠くで水車が回るのが見えた。
「鈴子、お水が見つかったら、少しの辛抱よ」
水車場に着いた。
雪は、水筒に水を入れ、鈴子に持たせた。
鈴子は、母のお乳を飲むように、水筒を小さな口に含んで飲んだ。
「美味しい」
飲みおわった鈴子は、大きく深呼吸をした。
元気になった鈴子を見て、雪は嬉しかった。
しかし、この場所で、何時までも居る訳にいかない。
「出掛けるから、母さんの背に乗りなさい」
「わたし歩くわ」
「あら、歩けないと言っていたのに?」
「お水を飲んだら急に元気になったわ」
「そう、良かった」
「この道を通ったことを覚えている?」
「覚えていないわ」
「この道は、お婆ちゃんを迎えに行く時に通った道よ。でも、鈴子は覚えてないのは当然ね、私の背中にいたんだからね」
言って、楽しかったあの日を思い出し、今とあまりに違う境遇に、思わず涙を流す雪であった。
異様な姿の雪と鈴子が必死に歩く、その横を行き交う人たちは、哀れな母娘をみても、顔を背け、同情心のない冷たい顔をして歩いていた。
この薄情で冷たい顔や態度は本心ではない。
本心は、この哀れな母娘の手助けをしたいと思っているが、何分にも、自分が生きて行くのが難しい時なので、何もしてやれない我が身の腑甲斐無さを嘆いているのだ。