原爆と竹槍67話
長崎市に原爆が投下されたことを知らない雪は、夫を一時も早く、安全な場所へ逃がさないねばと思いが強く働き、危険だが土管を出ると乗り捨てた自転車の所へ戻ってきた。
「壊れている!」
雪が悲痛な声を上げた。
そして、希望を失ったように呟いた。
「歩いて帰るのには速すぎる、もう、夫を救えないかもしれない、いえ、逢えないかもしれない」
雪の嘆き悲しむ様子を見ていた鈴子が心配そうに言った。
「もう、自転車には乗れないのね」
鈴子の声を聞いた雪は、はっと、我に帰った。
「自転車は壊れたけど、私には鈴子がいる!」
言って、鈴子をひしと抱きしめた。
「ねえ、これから歩いて帰るの?」
「そうよ、歩ける」
「鈴子、長くは歩けないわ」
鈴子の身体に原爆症状が現れたのだ。
「歩けなくなったら、母さんがおんぶしてあげるからね」
「うん、分かったわ」
鈴子が疲れた声で言った。
無論、雪も体調の異常を感じていたが、ただの疲れだと思っていたので、今夜、眠ったら治ると気にしなかった。
しかし、自転車が無くなったことにより、いくら早く帰れたとしても三日はかかり、鈴子が歩けなくなれば、その倍の日が必要になるのだ。
そんな事を考えていると、お先真っ暗な気分になり、死にたくなるが、夫や鈴子のことを思うと弱気になれない。
雪は、襲撃により散らばった麦とさつま芋を探した。
しかし、麦が弾丸で四方の稲畑に飛び散ったのか探し出せず、探し出せたのは、さつま芋一本だけだった。
雪は飯盒と水筒を肩に掛け、杖と左手に持ち鈴子の手を取ろうとすると鈴子が言った。
「まだ、一人で歩けるわ」
言うなり鈴子は雪の前を歩きだすと同時に、鈴子の腰に吊るしていた鈴が、りんりんと悲しげに鳴った。
「可哀相に!」
雪の目には、鈴子が破れた人形に見え、鈴子の腰に吊るした鈴が、鈴子を哀れんで泣いているように聞こえた。
堪らず雪は、鈴子を離すものかとばかりに手を取って歩く。
その二人を天は哀れと思ったのか、一時だが、雲で太陽を隠した。
少し歩いた時、鈴子が言った。