原爆と竹槍63話
自転車を取り戻さないと、夫の危険が一日多くなる。
雪は居ても立ってもいられない心境で、自転車と犬たちを見ていたが、犬たち去ろうとはしない。
この状態が何時、何日まで続くのかと思うと、雪は絶望で死にたくなってくる。
やがて、太陽が真上にきたが、自転車を取りもどすために、雪と鈴子は、厳しい夏の暑さに耐えていた。
(せっかく頑張って、此処まできたのに、とうとう正午になってしまった。もう、明日の朝までに、夫の所へ帰れなくなった。どうか、明日、長崎へ大爆弾を投下しないでください)
雪は心の中で泣きながら祈っていた。しかし、誰も現れず時だけが過ぎていった。
やがて、太陽が西に傾きかけた時、川下から数人の少年たちの声が聞こえてきた。
見ると、竿と魚籠を持った三人の少年がこっちに向かってやってくる。
「助けて」
叫んだ心算だが、水も飲めずにいたため、のどがからからになって声が出なかった。
だが、犬たちは、雪の動作をみて、激しく吠えた。
犬たちの声で雪たちの難儀を少年たちが知ったのか、三人の少年は全速力で駆けつけると犬達に向かって言った。「こら、また、弱いものいじめをする犬め、向こうへ行け!」
口々に叫びながら、三人の少年は竿を振りながら堤防の下へ駆け下りていった。
その勢いに恐れをなした犬たちは逃げ去った。
橋の下から、一番、年下の少年が尋ねた。
「この、自転車はおばさんのだろう」
雪と鈴子を改めて見た少年は、その哀れな姿を正視できずに下を向いて尋ねた。
「ええ」
「自転車をおばさんの所へ持って行くから、おまえ達も手伝え」
少年達は、自転車を担いで上がってきたが、大切な魚の乾物は犬に食べられていた。
「ありがとうございます」
雪と鈴子が如何に異様であろうと、純真な心を持った少年達は、何かと手助けをしたいと思っているのか、雪に優しく尋ねた/
「昨夜からですか?」
雪が頷くと、その少年は、まだ、恐くて震えが止まらない鈴子に、優しい声で言った。
「恐かったね」
「うん、食べられると思ったわ」
鈴子が恐そうに答えた。
「おばさんも、恐かったでしょうね」
「それは、もう」