原爆と竹槍60話
「母さんは?」
「父さんやお婆ちゃんの所へ帰るのが遅れるから、食べないのよ」
「じゃあ、わたしも食べないわ」
「その必要はないのよ、だって鈴子は自転車を漕いでいないでしょう」
「食べながら自転車を漕ぐと遅くなるの?」
鈴子が不思議そうに言った。
「そうよ、だから、これから母さんが食べなくても、不思議に思わないでね。なぜ、食べなくても自転車が漕げるかは、鈴子が大人になったら分かるわよ」
「早く大人になって、自転車を漕ぎたい」
「そんなに急がなくていいのよ」
鈴子と話していると、挫けそうになる身や心に力が湧いてくる。
田舎道を走っていると、一軒の百姓家があり。何気なく見ていると、家から老人が飛び出してきて雪を呼び止めた。
「お待ちください」
雪は、自転車を停めて答えた。
「何か?ご用ですか」
「米軍に空襲されそのお姿になったのですね」
「はい、そうです」
「お気の毒なことです」
言った老人の目に涙が光っていた。
「御用は?」
「あなたも、徳山市で被災したんでしょう」
老人は決めつけていた。
「いえ、違います」
「そうですか、実は、私の娘は徳山市に住んでいたのですが。米軍に空爆され、何もかも無くし、実家であるこの家に帰ってくると連絡を受けたので、待っていたんですが、なかなか帰ってこないので、あなたのお尋ねしようと思い、悲惨な目に遇ったあなたに尋ねるのは、申し訳ないと思いましたが、お呼びとめしたのです」
老人は、切羽詰まった顔をして言った。
「それはお気の毒に」
「たった一人の娘なんです。それにしても、日本軍は、多くの国民が殺され、家を焼き出されているのに、何処で何をしているんだろう。私は、米軍の飛行機は見たが、日本の軍用機を一度も見た事がない。日本は本当に米軍と戦争しているのだろうかと疑いたくなる。あっ、愚痴を言ってすみません、所で、被害を受けたのはどこですか?」
「広島です」
「そうですか、それなら、山陰道を通りませんでしたか?」