原爆と竹槍59話
「何か?」
「酷い様子ですが、どこで、米軍の攻撃を受けたのですか」
同情の眼差しで尋ねた。
(同情の眼差しと言葉、私は、何時の間にか被災者になっていたんだ)
思わず涙が出そうになったが、心を落ち着けて言った。
「広島です」
「広島も空爆されたのですか?」
この人たちは、原爆投下を知らないのか、尋ねた。
「はい」
「何時、攻撃されたのですか?」
「昨日です」
「それは、お気の毒にね。私たちは、徳山市で米軍の爆撃を受け、実家へ帰る所です。もし、行くあてが無かったら、私の実家へ行きませんか?実家には、年老いた父しか居ませんので、何の気遣いもございませんよ」
「ありがとうございます。でも、私には急いで帰らなければならない家があるんです」
「そうでしたか、で、お家はどちらに?」
「長崎です」
「ええ!長崎ですか!」
「色々とお話したいのですが、家路が遠いのでそれは出来ませんので」
「引き止めてご免なさいね、じゃあ、長崎に無事帰れるように祈っています」
「ありがとうございます」
雪親子を哀れと思ったのか、女性は涙を流し見送っていた。
一分後、いきなり飛行機音が聞こえた雪は、後ろを振り返った。
その目に映ったのは、あの恐い米軍の戦闘機が、山の陰から突然姿を現し、道路に対して、直角に向かってきたのだ。
その先には、いま別れたばかりの親子連れがいるのだ。
「逃げて!」
雪は、恐さも忘れ、叫んでいた。
だが、雪には助けることができない。
全自転車を漕いだその時、激しい銃撃音が聞こえてきた。
あの親子の無事を願って振り返ると、今別れた親子連れの全員が、道路の真ん中に倒れていた。
戦闘機は雪の姿を見つけたのか、機体を旋回させ、機首を雪に向けた。
攻撃されると感じた雪は、近くで逃げ込める場所を探したが見つからず。
絶望の眼差しで右手を見ると、曲がりくねった道の向こうに、神社らしき大きな木が茂る森があった。
雪は戦闘機の出方を確認すると、戦闘機は、雪が道をまっすぐに逃げると予想したのか一直線に向かってきた。