原爆と竹槍57話
可哀相で見ていられなくなった雪が言った。
「痛いから、いいわ」
鈴子に断られた雪は、連れて来なかったらよかったのにと、後悔の涙を流した。
「手に触れてもいい?」
「いいわ」
雪は、小さな手を、そっと触れる。
「痛くない?」
「少し痛いわ」
「可哀相に!」
思わず、雪を抱きしめる。
「痛い!」
その時、水が欲しいと死体が浮かぶ川へ入り水を飲むものや逃げ惑う被爆者たちの苦しむ姿が次々と浮かんで来た。
(鈴子も、あの人たちのように、苦しみながら死ぬかもしれない)
そう思うと、いくら鈴子が抱かれるのを嫌がっても、抱きしめるのをやめられない雪だった。
鈴子は抱きしめられるのに慣れたのか、おとなしく抱かれていたが眠ることができない。
また、雪は、母の死を思うと、胸が潰れる程の悲しみに襲われ、同時に、夫が母と同じように、大爆撃で死ぬのではないかと心配で眠れなかった。
雪と鈴子は、原爆の閃光を浴びた上に致死量を遥に越えた放射線を浴びているため、明日、否、数時間後に重い症状が現れるかもしれない恐怖を抱かえていた。
明日、否、数時間後に重い症状が現れるかもしれない恐怖を抱えていた。
しかし、知らない雪は、夫の元で戻るのが、一日、否、一秒でも遅れたら、それだけ夫の命が危なくなると思うと、眠られなかった。
だが東の空は目を閉じたように暗かった。
雪は夫に呼びかけた。
(あなた、明後日の朝には、必ず、鈴子と一緒に帰ります)
夫の声が雪に聞こえてきた。
「毎朝、起きたらすぐ、楠の幹に白墨で一本の線を書き、帰ってくるのを楽しみに待っているよ」
雪の目から涙が出る。
(待っていてね。でも、今の顔をあなたに見せるのが恥ずかしい。でも、ただの火傷だから、帰った時には治っていると思う。もし、治っていなくても嫌いにならないでね)
出る涙が顔の皮膚を濡らし、顔中に痛みが走る。
その痛さから、同じ痛みを堪える鈴子の顔が浮かび、心配した雪は鈴子に近寄って見ると、寝息が聞こえてきた。