原爆と竹槍56話
前方に橋を見た雪は、昨夜以後、何も食べていないことに気づいた。
「お腹、空いた」
鈴子に尋ねた。
「分からないわ」
鈴子は火傷の痛さ、そして、火災など様々な恐怖に遇ったのだ。
食欲が湧かないのは当然のことである。
無論、雪とて同じである。
雪は、夫を助け、鈴子の火傷を治療するためには、一刻も早く、長崎へかえらなければならない。
その為には、明日からの強行軍に堪えられる体力を作らねばならないのだ。
「今夜は、あの橋の下が宿よ」
日本の地形は、列島を海が包み、列島の中心を縦断するように高い山脈が連なっているため、山脈から無数の河川が日本海、太平洋、瀬戸内海、東シナ海などに流れこんでいるのだ。
そのために、山脈に対して平行に進んでいれば、数キロから十数キロの間には、必ず、河川に出会う事が出来、都市より上流の川は清く、水は安心して飲むことができる。
あの橋の下でと、一夜の宿を決めた雪だったが、そこには、被災者が居た。
橋の下を諦めた雪は、川原を一夜の宿に決め、鈴子を背負って川原へ下りて行った。
川原の所々には、青草が生えていた。
「鈴子、ここに座っていなさい」
雪は、鈴子を柔らかい草の上に座らせた。
さつま芋を洗いに行こうとすると、鈴子が恐そうに尋ねた。
「母さんは、何処へ行くの?」
「今夜はここで一夜を明かすから、川の水でさつま芋を洗いに行くのよ」
「恐いから早く帰ってきてね」
「心配しないね」
雪は急いで、さつま芋を洗って戻って来た。
「さあ、食べましょう」
洗った生のさつま芋を鈴子に渡した。
「なぜ、茹でないの?」
鈴子が尋ねた。
「川原だから、火を炊けないからよ」
「なぜ、炊けないの?」
「もう忘れたの」
敵機の恐ろしさ教えていたために、鈴子は、それ以上、質問しなかった。
食事を終えた二人は、柔らかい草の上に傷ついた身体を横たえた。
火傷が痛むのか、鈴子が呻きながら寝返る。
「だっこして上げようか」