原爆と竹槍54話
鈴子は、お婆ちゃんは、どんなに痛くても我慢すると雪が言ったことを忘れず、じっと我慢しているのだ。
「痛くても我慢してね、すぐ、お医者さんに診ていただくからね」
やがて、多くの人が出入りする建物の前に到着した。
よく見ると、郵便局だった。
自転車を停めた雪は、鈴子に言った。
「ここで、少し待っていてね」
「お医者さんが見つかったの?」
「いえ、郵便局を見つけたから、父さんに帰ることを報せるのよ」
「早く、父さんの所へ帰りたい」
鈴子が泣き出しそうな顔をして言った。
「電報を打ったら、急いで帰ろうね」
雪は、郵便局へ入った。
局内は、爆弾による被災者など、多くの人が順番を待っていた。
雪が急いで書類を書き、順番待ちをしながら、最前列の人を見ていると、その人が料金を支払っているのが見えた。
雪は手で首に掛けた袋を探す。
「お金がない!」
雪が悲鳴に近い声を上げた。
その声に、周囲の人が驚いたように雪を見たが、その哀れな姿に涙する者も居た。
お金が無くては電報は打てない。
雪は郵便局を出ようとしたとき、鈴子の首に袋を掛けたことを思い出した。
雪は郵便局から飛び出し、鈴子の首を見たが、袋は無かった。
「無いはどうしよう」
打ちひしがれたように呟く雪。
鈴子が尋ねる。
「何がないの?」
鈴子の首に掛けた袋には、大切なお金などが入っていたことを教えたら、鈴子は自分のせいと思って悲しむに違いない。
「母さんがお金を落としてしまったの」
「どこで落としたの?」
落とした所を考えると、すぐに見当がついた。
「自転車を修理した広場よ」
「落とした所へ行くの?」
「そうよ」
雪は後戻りをしようと、自転車の向きを変え、前方を見ると、雪の望みを断ち切るような火の海だった。