原爆と竹槍53話
雪は、心の中で詫びていた。
その雪を追い立てるように、広場に隣接した家にも火が移ったのか、小さな炎と上げ始めた。
「もう、目を開けてもいいわよ」
鈴子は、焼け爛れた目蓋を開けた。
雪は、痛さに堪える鈴子が可哀相でならなくなって言った。
「痛くない、さあ、母さんが抱いてあげる」
鈴子に対して、今の雪が出来る愛は、抱くこと以外ないのだ。
雪は、鈴子を抱いて、自分の頬を鈴子の頬に、そっと、合わせると、鈴子が、嬉しげに抱きついてきた。
しかし、すぐ、痛いと言って、離れようとした。
「痛かったのね。ごめんね」
その間に、広場に隣接した家全体が火事となり、これ以上、ここで止まることが不可能になってきた。
鈴子を自転車に乗せた雪は、鈴子を元気付けるように言った。
「さあ、お父さんやお婆ちゃんが待っている家に帰るわよ」
雪は、立ち上がる煙で火事の所在を確認しながら、自転車を走らせた。
だが、その道も、火事から逃れる人や荷車で混雑していた。
その逃げる人たちを追い掛けるように、火事が追いかけてくるため、人々の阿鼻叫喚が一層、危機感を煽る。
やがて、火事の心配が無いところまで逃げることが出来た。
火事の恐怖感は鈴子も持っていたのか、鈴子は身体に強い風圧を受けていたにも関らず、身体の痛みを感じていなかったようだ。
しかし、その恐怖感が薄れて行くに従い、痛みを感じ始めた。
「痛い!」
鈴子が悲鳴を上げた。
「どこが痛いの?」
「顔や腕よ」
雪も顔や腕、足が風に当たり、強い痛みを感じていたのだ。
「風が当たって痛いのね」
「うん」
「気付かずのごめんね」
雪は、鈴子を前の椅子から降ろし、後の荷物を鈴子の椅子に積み替え、そこへ鈴子を乗せて走った。
「どう、まだ、痛い?」
「痛いけど、我慢するわ」