原爆と竹槍51話
そして、思い切り泣きたかった。
しかし、痛さを、じっと堪えている鈴子を思うと、泣くに泣けず、母親を呼ぶ事しか出来なかった。
母の死を認めたくない雪は、母の姿を求めて焦土の上を、あちこち歩くが、一つの遺体もなかった。
雪と鈴子は、焦土の上で茫然と佇む。
その頭や身体に爆発で上空まで飛び上がった塵、否、原爆の爆発で一瞬にして塵となった家や人の衣服と、考えるのも悲しいが、灰になった人骨と放射線が雪と鈴子に降り続けていた。
雪は何を思ったのか、自転車から竹槍を取り出すと、両手で水平に揚げるように持ち上げて叫んだ。
「なぜ、護身用の竹槍さえ持たず、無抵抗な私の母や広島市民を、一片の哀れみも持たずに殺したの!」
叫ぶ雪の目から、悲しみと怒りの涙が溢れ出た。
だが、その顔は、あの美しかった雪から想像も出来ないほど、無惨に焼け爛れ、竹槍を揚げた両腕は、上着の袖がぼろぼろになり、肩まではみ出していた。
「私は、米国の民主主義と人民を信じていた」
雪は、揚げていた竹槍を焦土に突き立てると悲しげに呟いた。
「有明海で綾さんを嬲り殺した戦闘機と、静子さんの家を爆撃して、静子さんの母親を殺した米軍機は悪魔に取り憑かれた、個人の仕業であり、米国の人民の命令でないと思っていた。そして、日本各地の都市を攻撃し、多くの市民を殺したのも、その都市が日本軍と米軍機が戦った戦場だからだと思っていた。でも、今、私は見ました。日本軍と広島市民はB二十九に対して、なんの攻撃もしなかった。広島市は戦場でなかったのです。戦場でない都市に米軍機は、一片の哀れみも抱かず、情け容赦もなく、何の抵抗もしない広島市を一瞬に廃墟とし、市民の大半を惨殺した」
呟く雪の目から無念の涙が出る。
「この残虐な米軍機の行為を米国人民は知っているのでしょうか。いえ、知らないはずです。米国は人民が人民の為に政治を行なう民主主義の国です。その人民が無抵抗な人間を一瞬に皆殺しにしろと命令を下す筈がない。いえ、米国の人間だけでなく全世界の人民は決して、無抵抗な人間を虐殺しろと命令しない。何故なら、人民は死を恐れ、必死に生きている為、命の大切さを一番よく知っているのです。無抵抗な者を殺せと命令出来るのは、常日頃、人間を道具のように使う独裁者や権力者しかありません。広島市民を皆殺しにしろと命じたのは、人民でなく権力者です。もし、米国人民が知っていたら絶対に阻止したろ私は信じています。戦災被害のご老人がおっしゃっていました。権力は独裁を生み、戦争を始めると、私は権力の無い世界へ生まれてきたかった」
しかし、雪の顔が急に恐怖に戦いた。
恐怖の原因は、何の抵抗もしなかった広島市民が目の前で全滅させられたのだ。
長崎市が全滅させられない理由が何もないことに気づいたのだ。