原爆と竹槍5話
「パンク修理に来たお客さんから聞いたそうだよ。また、民主主義とは、僕のような人民が政治を行い。決定は多数決で決めるそうだよ」
「私たちのような人民が政治をし、何事も多数決で決められるのね。もし、日本が民主主義の国だったら、今すぐ戦争を中止するわ」
「つい、話に夢中になって、危険な発言してしまったよ」
「私もそうでした、今日の話は、聞かなかったことにして下さいね」
美絵は恐ろしそうに周囲を見渡した。
「こちらこそ」
情報交換はあくまでも、噂や推測であるため、国民の多くが、間違った判断をせざるを得ないのだ。だが、その間違いも明日の希望を持つために必要だった。
「今日は、とても良いお話をお聞きし、明日に希望が持てましたわ」
「いえ、僕も、多くの情報を頂き、感謝しています」
「じゃあ、失礼します」
美絵は帰っていった。
電報を見た明が呻くように言った。
「戦闘機に撃たれて大怪我!」
電報の内容を見ずに、明が美絵に対し。喜びの表情をしたのは、広島市に住む妻の母親が、もし、長崎で住みたいと思うようになったら電報を打つわ、と言っていたからだ。
「早く雪に報せねば」
明は、不自由な足を引きながら、一キロ先にある木村家の畑へ向った。
畑は小さな山と山の間にある農園で、さつま芋やうり、茄子などの野菜を栽培し、近所の八百屋に売って生活の足しにしていた。
野菜は成長が早いため、毎日、朝から正午すぎまで、三歳になったばかりの一人娘の鈴子を連れて収穫に行っていた。
明も、最近は戦況不利の影響なのか、自転車の修理を依頼する客が少なくなり、時々、畑で雪の手伝いをしていた。
しかし、今日は久しぶりに、修理の依頼があったため、家に居たのだ。
一刻も早く、雪に報らそうと、明は不自由な足の痛みに耐えながら、先を急いだ。
木村家の家族は夫の明二十七歳。妻の雪二十七歳、三歳になったばかりの鈴子である。
明は、この町の小さな農家に生まれたが、父親を幼くして亡くし、母親と二人で農業をしていたが、明が十五歳のとき、母親が風邪をこじらせて死に、葬儀に訪れていた母親の知人は、明が一人では暮らせないと思い、広島県の紡績工場で働かないかと言った。
仕事は工場の建物や器具の補修点検だったが、明は喜んで就職した。
そこで雪に逢った。
雪は広島市の中区で生まれ、父親を戦争で亡くし、母親が営む雑貨店の手伝っていたが商売が思わしくないため、紡績工場に就職したのだ。