原爆と竹槍46話
「うん」
頷いて、鈴子が振り向いて尋ねた。
「今、お婆ちゃんは何をしているの?」
「可哀相に、大けがをしているから、きっと、お隣のお医者さんの所に居るわ」
「大けがって、痛いの?」
「それは、痛いわよ。鈴子も、痛いのが嫌なら、大けがしないように、気をつけましょうね」
「うん、じゃあ、お婆ちゃんは、痛い、痛いって泣いているの?」
「大人だから、どんな痛さも顔に出さないで、堪えているわ」
「なぜ、痛いのに堪えるの?」
「それはね、周囲の人に心配をかけたくないからよ」
「じゃあ、鈴子も、どんなに痛くても堪えるわ」
「お利口さんね。鈴子は、今の言葉をお婆ちゃんが聞いてたら、きっと、涙を流して喜ぶわ」
「あたし。お婆ちゃんを喜ばしてあげたいから、早く会いたい」
「もう少し我慢しなさい」
「分かったわ」
しばらくすると、鈴子が建物を指さして尋ねる。
「あれは何?」
雪は広島県生まれだが、十五歳まで広島市の中区からあまり外に出たことがないため、その建物が何かは知らない。
「ごめんね、母さんは何も知らないのよ。だから、鈴子が大きくなったら、父さんと、三人で広島見物しに来ましょうね」
「うん、わたし、早く大人になりたいわ」
言ったあとで、鈴子はまた急かす。
「お日様があんなに上がっているのに、お婆ちゃんの家、まだなの」
鈴子に言われて、ふと、周りをみると、見覚えのある建物があった。
しかし、その建物が何かは知らない。
だが、母が居る中区までは数キロあった。
「間もなく、おばあちゃんの家よ。さあ、急ぐわね」
雪は、渾身の力を込めて、自転車を漕いでいると、遥か向こうに見覚えがある高い櫓が見えた。
「鈴子、あそこに見える高い櫓の近くに、お婆ちゃんの家があるのよ」
と言った時、バンと音がして、自転車のチューブがパンクした。
「パンクだわ」
このまま自転車に乗っていたら、タイヤとチューブに傷がつくために、雪は急いで自転車から下りた。