原爆と竹槍45話
そのうち、道路が見えるようになった。
「さあ、出掛けるわよ」
自転車に鈴子を乗せた雪は、母親がいる生家へ向かって自転車を走らせた。
鈴子は、その円らな瞳の中で、祖母の顔を想像しながら尋ねた。
「母さん、お婆ちゃんはどんな人、鈴子、嫌われない?」
鈴子が祖母と会ったにのは、鈴子が生まれて間もない時だった。
その為、鈴子は祖母の顔を知らないのだ。
「お婆ちゃんは優しい人よ。鈴子を嫌ったりしないわ」
「よかった」
その頃、長崎市では、明が楠の下に立ち、楠の幹にチョークで七本目の線を引きながら呟いた。
「雪と鈴子が旅に出てから、はや、七日目、もう、遅くても、後、三日で帰ってくるだろう」
明は、その日が待ちどうしくて、北の空を見上げていた。
雪が走っていると、なだらかな登りの坂道が現れ、頂上に着いたとき、広島市の全体が見えた。
「よかった」
雪は胸をなで下ろした。
今まで、雪は、広島市が空爆されたのか等と考えると、本当に空爆されるのではないのかと思って、考えないようにしていた。
しかし、空爆されていないことを目にし、心の底から安心感が湧いてきた。
雪は、広島の空気を一杯に吸い込んで言った。
「懐かしい故郷の匂い、そして、お婆ちゃんの匂いを感じる。もう、故郷は目と鼻の先にあるわよ、鈴子」
長い旅から考えると、すぐ、そこに違いないが、中区までは、まだ二十キロはある。
鈴子は待ちきれなくな、振り向いて尋ねる。
「お婆ちゃんの所は、すぐ近くなの?」
「まだまだよ」
「そんなに遠いの?」
「そんなに遠くないわ」
「じゃあ、お婆ちゃんの家が見える?」
「家はまだ見えないわ」
「まだなの」
鈴子が少し失望したように言った。
「お婆ちゃんの家が見えたら教えてあげるから、それまで。まわりの景色を見たり、母さんと話しましょう」