原爆と竹槍44話
「でも、そうでもなさそうよ」
東の空を指差した。
「何があるの?」
「間もなく夜が明ける報せがあるのよ」
「どこに?」
「あの山頂が、他の所より、少し明るいでしょう」
雪が指差す山の頂きあたりが、他の所より少し白くなっていた。
「どこ?」
鈴子には見えないらしい。
「分からないの」
「うん」
「仕方ないわね」
雪は鈴子を抱き上げ、鈴子の手を持ち、前方に突き出して言った。
「手の先の遥か前方に黒い壁のような物が横たわっているのが見えるでしよう」
「見えるわ、でも何なの?」
「あれは山よ」
「なぜ、白いと夜があけるの?」
「白いのは、あの山の向こうに、お日様が隠れているからよ」
「山にお日さまが隠れているなんて、鈴子、知らなかったわ」
「鈴子は、お日様が出ないと起きなかったから、見なかったのよ」
「わたし、明日も早起きするわ」
旅の終わりも近づき、緊張が取れたのか、雪と鈴子は、長崎でいた時きと同じように、仲良く話していた。
洗濯物が乾いているか確かめようと雪は、鈴子と自分の服に手を触れると、まだ、少し湿っていた。
「あら、まだ乾いていないわ、どうしょう」
鈴子に着せるのを躊躇していたが、間もなく夜が明けることを考えると、乾き切るまで干しているわけにはいかない。
「少し冷たいけど、我慢してね」
雪は鈴子に着物を着せた。
「気持ちいい」
鈴子が心地よさそうに言った。
「気持ちいい」
真夏の夜の暑さに火照ったからだを冷やすのには丁度よい湿りであった。
「本当?」
雪も服を着た。
「気持ちいい。これなら、時々、服を川の水で濡らして自転車を漕げばよかったわ」