原爆と竹槍40話
「あれは、何?」
見ると鈴子が水中で泳ぐ魚を指差していた。
「お魚さんよ」
「おれがお魚さんなの?」
「そうよ」
「じゃあ、食べられるの」
「食べられるわよ、そうだ、お魚を取ろうね」
二人は、川に中に入って、魚を追いかけたが、魚は素手で取れるほど鈍くはない。
夢中で、魚取をする雪と鈴子、だが、取れないと知った二人は諦めたが、久しぶりに訪れた楽しい一時だった。
ご飯が炊けた頃には、美しいばら色の夕焼けが現れ、その光で、雪と鈴子は楽しく食事をした。
この幸せを何時までも、と思うのか、雪は鈴子を抱いているうちに、熟睡していた。
だが、幸せな眠りを覚ましたのは、又しても、米軍機が投下した爆弾の破裂音だった。
雪は恐ろしさのあまり、鈴子を庇うように抱き、目を閉じて爆撃が終わるのを待った。
やがて、飛行音が消えるのと同時に、人の泣き叫ぶ声が段々と近づいてきた。
雪は心配になって、堤防へ上がり、声がする方を見た。
だが、暗くて見えない。
しばらくすると、多くの人たちが着のみ着のままで、雪に目もくれず、逃げるように駆け抜けていった。
しかし、誰一人として、雪の自転車を盗もうとするような者は居なかった。
なぜなら、日本人はいかなる事態に陥っても、人の物を盗むことは最大の恥だと思うのと同時に、盗まれた人の嘆きを考えて盗まないのだ。
全ての人が逃げ終わったと思われた頃、子供と老夫婦が逃げてきたが、逃げるのを諦めたように、雪と鈴子が立っている橋へ来ると、焼ける八幡市を哀しげに見ていた。
その人たちの表情が分かるほど、町は激しく炎上していた。
橋の上から、焼き尽くされた我が家を哀しそうにみていた人たちは、その火を見て啜り泣いていた。
雪は、焼出され、当てもなく逃げ惑う人達の姿を目のあたりにして、その、余にも酷く、恐ろしい光景と、人々の嘆き悲しむ様を見聞きし、泣かずにはいられなかった。
(広子さんも、こんな悲しい目に遇ったんだ)
悲しむ雪の手を鈴子がそっと握った。
雪は焼け出された人達に、慰めの言葉をいいたかったが、誰も、話すことができないほど沈みこんでいたので、ただ、人々を見守るしかなかった。
沈黙と、時々聞こえる啜り泣きが続く中、夜が明けてきた。
そして、互いの顔を見て、涙を流していたが、見知らぬ者がいることを知った老女が雪に尋ねた。