原爆と竹槍36話
広子は諦めたように言った。
「福岡は以前にも空襲されたのでしょう」
「はい、福岡は以前に空襲されたので、私はもう空襲されないと思っていたら、一昨日の夜中に空襲されたのです」
「恐かったでしょうね」
「でも、私には二人の子供が無事なので、まだ、運が良いほうです」
確かに、神社に居た老人や子供のように、行くあてもなく、明日の食べる物もない人たちよりは、幸せと言えるだとう。
「そうでしたか、それで、ご主人は?」
「昨年、戦死したわ」
そう言って泣き崩れた。
「可哀相に」
夫、明を家に残しての旅でも寂びしい雪だから、広子の悲しみが、どれほどのものか分からないるため、雪は広子を強く抱きしめた。
広子の心が落ち着いたとき、雪が尋ねた。
「何か食べましたか?」
「いえ、何も食べる物がないので、途方にくれています」
「お気の毒に」
雪には、広子の哀しい運命を思うと、お気の毒としか言えなかった。
「母さん、お腹すいたよ!」
広子の子供がひもじさに堪えかねかねて言った。
「川の水を飲んでいなさい。阿蘇に帰ったら、幾らでも食べさせてあげるからね」
「阿蘇へは何時、帰れるの」
子供が尋ねた。
「明日の夜よ」
阿蘇までの道を雪は知らないが、子供、それも幼い二人の子供を連れて歩き、一日で行けるほど近くないことだけは分かっていた。
「広子さん、私達親子もお腹がすいてます。もし、よろしかったら、一緒に食べませんか」
「食物があるんですか?」
広子の声が喜びに溢れていた。
「食物と言っても、麦のおにぎりよ。それも、これから炊くんです」
「私たちも麦のご飯しか食べたことがないので、喜んで頂きます」
「じゃあ、これから炊くわね」
飯盒で大人二人と子供三人の愛は炊けないため、まず、最初に炊くご飯は広子と二人の子供に食べさせるために炊いた。