原爆と竹槍35話
突然、隅の暗い所から女性の声がした。
「あら、御免なさい。今夜はこの橋の下で一夜を明かそうとしたんだけど、お邪魔になりそうなので、他へ行きます」
雪が立ち上がろうとすると、女性が引き止めた。
「他に行かず。ここに居てください」
「いいんですか?」
先客が女性と知った雪が嬉しそうに尋ねた。
「小さな二人の子供と私だけだったので、とても、不安でした。でも、あなたが居てくれると、その不安も消えます」
「そうね、私もあなたと一緒に居るほうが心強いわ」
「これは私の子供よ」
女性が子供を指差したが、身体の大きさは分かっても、顔は暗くて分からない/
「そう、下のお子さんは、私の子供と同じぐらいの年なのね。私の娘を紹介します。私は木村雪、娘は鈴子です」
「健二と育子、ここへ来なさい」
女性に呼ばれた二人の子供が雪の前に来た。
「子供の名前は分かったでしょう。私は神谷広子です」
雪と広子は、互いに挨拶をかわした。
広子は、微かに見える自転車を羨ましそうに見て言った。
「自転車でどこへ行くの?」
「広島です」
「広島?それは此処から近いのですか?」
「いえ、遠い所です」
「私は阿蘇の麓へ戻る途中ですが、それより遥かに遠いんですね。そんな遠い所へ、どんな用で行くのですか?」
雪が母親のことを話すと、広子が泣き出した。
「どうしたの?」
雪が尋ねると。
「私たちも、米軍機の被害者なのです」
「どんな被害に遭われたんですか?」
「私は福岡市に住んでいましたが、一昨日、米軍に空襲され、家を焼かれ、住む家が無くなったので、阿蘇の実家へ帰る途中だったのです」
「酷い目に遭ったのね」
「ええ、悔しくて、悔しくて堪らないわ」
「その気持ち分かるわ」
「でも、悲しんでも、元には戻らないわ」