原爆と竹槍34話
老人は悲しみを隠せずに泣いた。
「娘さんは?」
別の老人が尋ねた。
「空襲で、娘と孫は焼け死にました」
聞いている雪の目から涙が溢れ出た。
別の老人が悲しげに言った。
「身内が居ないから、ここに居るんだよ」
老人たちは、今日まで、心の中押し込めていたものを一気に吐き出すように言ったせいなのか、顔に生気が蘇ってきた。
だか、今は元気に話している老人たちだが、いつまでも生きていられるのかと思うと、雪は泣けてくる。
雪は老人たちの悲しみを一時でも忘れさせて上げたいと思い、早く、ご飯が炊けるようにと願っていた。
やがて、ご飯が炊けた。
「さあ、ご飯が炊けましたから、皆さん、集まってください」
食事が終わったとき、雪が言った。
「今夜は、この麦を炊いて食べてください」
持って来た麦の半分を老人たちに渡した。
「何から何まで有り難うございました」
老人たちの感謝を背にし、雪は、少しは人の役に立ったと思って神社を出た。
だが、すぐ、その充実感が消えた。
なぜなら、焼き出された人が至る所に居たのだ。
その数の多さに、とても、自分の手に負えないことが分かり、薄情なようだが、見てみぬ振りをして通りすぎるしかなかった。
やがて、鳥栖市から数キロほど行ったとき、太陽が山の向こうに沈み始めた。
日本は川の多い国、一夜の宿となる橋を見つけるのは簡単だった。しかし、そこには、焼けこげた衣装を纏った被災者の宿となっていた。
(ここにも、多くの気の毒な人が居る。できる事なら、何とかして上げたい、でも私は何もできない)
雪は、次の橋を探した。しかし、被災者で溢れていた。
そして、次の橋も。
やがて、次の橋を見つけた時には、すでに辺りは暗く、よく見えなくなっていたので、雪は、橋の下に先客がいるかどうか確かめに降りていった。
「どなたですか」