原爆と竹槍29話
だが、雪と鈴子は、まだ、鹿島市から少し佐賀市に入った所の橋の下だった。
自転車を橋の上に持ち上げると、雪は鈴子を背負って自転車を漕ぐと、目の前に、広大な佐賀平野が現れた。
一昨日から、慣れない自転車漕ぎに、身体、特に足は疲れて棒のようになっていたが、熟睡したので元気を取り戻していた。
佐賀平野の道は、坂道や小さく曲がった道が無く、目印を記憶することも省略されるために、速度を上げることができた。
だが、走っているうちに、急に顔が恐怖で慄いた。
「隠れる場所がない」
恐ろしそうに呟いた。
雪を恐怖に陥れたのは、戦闘機から身を隠す物が何もない広大な佐賀平野に入っていたのだ。
隠れ場所もない広大な平野を通っていれば、簡単に米軍機に発見される。
発見されれば、有明海で綾が嬲り殺された二の前になるのだ。
雪は、前進か後退か、それとも、進路を大きく左に取るかの選択を迫られた。
思案していた雪が決断したのか、前進だった。
前進を選んだ理由は、米軍機が雪を見付ける前に、雪が米軍機に飛行機音を聞き、稲の下に潜り込めば、見つかる心配がないと考えたのだ。
雪は自転車のスピードを落とし、米軍機の音を聞く事に集中しながら、佐賀平野を走りだした。
しかし、鹿島市と佐賀市の中間に差し掛かった時、微かな飛行機音が聞こえてきた。
雪は、急いで自転車を乗り捨て、稲の下に身を隠し、そっと、上空をみていると、戦闘機が轟音を響かせながら飛び去っていった。
しかし、雪は稲の下から出ることが出来なかった。
何故なら、もし、戦闘機が撃ち殺す人間の物を探しているのなら、また、戻ってくると考えたからだ。
雪の予想は当たっていた。
それから、十分後、戦闘機は、獲物を探すように戻ってきた。
戦闘機が人間狩りをしていると思うと、雪は恐くて稲の下から出られなくなった。
しかし、何時までも稲の下に潜んで居られず、細心の注意を払いながら、佐賀平野を通り抜けたときには、正午はとっくに過ぎていた。
だが、この経験から、母親を連れて帰る場合も、この方法をとれば、佐賀平野を安全に通り抜けれることが分かった。
佐賀市に到着し、町の空爆跡を見た雪は、破壊の凄さに身も凍る程の恐ろしさと、無力感に陥った。