原爆と竹槍23話
「綾さんらしき人を見かけました。もし出来ることならお婆さんの家に行ってから、ご主人さんの前でお話したいと思っています」
「それは有り難いです」
老女は飛行機音が聞こえないほど入り江の奥にたてられた一軒の家に連れていった。
「あなた、この女性が綾のことを話してくださるわ」
「そうか、分かった」
声と共に障子を開けて、背中の曲がった人物が現れ、雪を見るなり言った。
「綾のことを教えてもらおうか」
「綾さんはどんな人ですか?」
「それより早く、綾のことを話してくれ」
老人が急かすと、老女が窘めた。
「この女性は、間違ったらいけないと考えて、綾かどうかを確かめているの。あなたはだまって聞きなさい」
「なるほど。それはすまんことをした」
老人は我が非を悟って謝った。
「いえ、ご家族なら早く知りたいのは当然です。どうか綾さんのことを詳しく聞かせてください」
詳しく聞くのは、老夫婦を冷静にさせるためであった。
老女が答えた。
「綾はね、三人兄弟の末娘で、兄は戦死し、姉の淑子は東京へ行き、今年の五月までには連絡がありましたが、その後ないのです。綾は、十年前の二十歳のとき鳥栖へ嫁ぎましたが、不運にも、一ヶ月ほど前に、空襲され、家は焼かれ、二人の子供は焼け死んでしまったのです」
話した老女は、悲しみに堪えられなくなり泣き出した。
「可哀相な綾さんとお孫さん」
雪も泣かずには居られなかった。
辛くて話せなくなった老女の代わりに、老人が涙を流しながら話した。
「家ろ子供を失った綾は、子供が死んだ所を離れたくなかったが、最早、鳥栖に綾が住む場所はなく、綾は泣く泣くこの家に帰ってきました。しかし、綾は、帰ってきてから家の中に閉じこもり、一度も外にでず。戦死した夫や子供を思って泣いていたんです。ところが、今日は気分がいいからと言って、早朝から貝を取りにいったのですが、なかなか帰ってこないのです」
貝とリと聞いた雪は顔から血の気が引いた。
「綾の消息を知っているんですね」
雪の表情が変わったことを知った老人が言った。
「ええ、まあ」
年老いた、この哀れな両親の悲しげな顔をみると、言葉を濁さずにはいられなかった。