原爆と竹槍16話
「うん、鈴子、我慢するわ」
「鈴子は、本当にお利口さんね。そうだ、母さんと一緒に歌を唄いましょう」
母子は淋しさを払うように仲良く唄った。
その歌声と合唱するかのように、草木が緑の葉を揺らして爽やかな音を響かせ、涼しい風を送っていた。
その風を受けながら、母子は仲良く、歌を唄い、草木や川の流れで目を癒し、出会う人々と挨拶を交わし、知った道を嬉嬉津へ走る。
やがて、岡本家の前に着いた。
玄関には、以前のように、岡本五郎の表札があった。
雪は、岡本の家の前に立った。
「ごめんください」
だが、家は静まり返っていた。
「岡本さん、居られますか?」
耳が聞こえないのではと、声を大きくすると、隣の家から老人が出てきて言った。
「岡本さんは、居ないよ」
「居られないのですか」
雪が気落ちしたように言うと、老人が尋ねた。
「岡本さんに、どんな用?」
「私は、以前、岡本さんにお世話になった者です。今日は、久しぶりに岡本さん宅の前を通ることになりましたので、ご挨拶にまいりました」
「そうでしたか、でも、岡本さんは居ませんよ」
「どこかへ行っているんですか?」
老人が悔しそうな顔をして言った。
「亡くなりました」
「ええ!亡くなったんですか?」
雪は驚いて聞き直した。
「そうです」
「病気ですか?」
「いえ、佐世保市に娘さんが嫁いでいたので、会いに行った日、米軍機の空襲によって、焼死したのです」
「なんて、お可哀想なことなんでしょう。もっと、早く来ていたら、岡本さんの元気なお姿を見られたのに」
「岡本さんが死んだのも、貴女が早く来られなかったのも、貴女の責任ではありません、こんな時節のせいです」
老人は、政府の責任と言えないのか、時節の責任に転化した。