原爆と竹槍13話
九州地方の地理に詳しくない雪にとって、今回の旅は闇夜の中を歩くのに等かったため、不安で眠ろうとしても眠れず、やっと、眠れた時に起こされたのだ。
だが、今日からの旅は体力が必要不可欠であるため、雪は眠ろうと頑張った。
しかし、どんなに頑張っても眠れず、何度も寝返りをうっていた。
その姿を窓から入る星明かりが微かに映し出していた。
明は、眠れない雪をみて可哀想に思え、優しい言葉の一つもかけてやりたいと思った。
だが、声を掛ければ一層、眠れなくなるように思え、静かに見守るしかなかった。
やがて、雪は睡眠を諦めたのか、蝋燭に火を点し、朝食の用意を始めた。
明は、その雪の姿を見ているうちに、もう、雪が帰ってこないような気がし、思わず行くなと抱きしめたくなった。
だが、根拠のない理由で引き止めることは出来ないため、雪を見守るしかなかった。
やがて、朝食の用意を終えた雪は、夫と鈴子が眠る暗い隣室を見て、何を思うのか、その目には涙が光っていた。
雪の涙は、明を一人にして大丈夫なのかと思う心配の涙であった。
明は雪の涙を見て、胸が詰まるほどの切ない気持ちになった。
しかし、その気持ちが雪に伝われば、どんな苦労が有ろうと母を迎えに行くんだと言う、強い雪の心に陰を落とすと思い、明は眠っているふりをした。
やがて、東の空が少し明るくなった。
「さあ、起きなさい」
雪が明と鈴子を起こしにきた。
「眠いよ」
鈴子が目蓋を閉じたまま言った。
「お婆ちゃんのところへ行くのよ。鈴子は行きたくないの?」
「行きたい」
「じゃあ、早く起きなさい」
鈴子は素直に従い、親子三人の食事が始まった。しかし、明と雪は、これが最後の朝になるように思え、自然と口数が少なくなる。
その沈んだ空気を明るくさせたのは鈴子だった。
親子三人の食事が終わったころには、あたりがぼんやり見えるほど明るくなった。
明が沈んだ心を引き立てるように言った。
「さあ、出立の時間が来た」
「そうね」
明が家を出ると、雪は鈴子を背負って外に出た。
雪が目に涙を浮かべて言った。
「じゃあ、故郷へ母さんを迎えに行ってきます」
故郷への帰郷、この意味は、切ない響きを胸躍る懐かしさを秘めている。
しかし、今回の帰郷は、愛する夫を残し、母の無事を願う悲しい旅である。