原爆と竹槍12話
「長崎から広島の距離は、直線で約三百キロだが、実際は三百五十キロはあるから、自転車なら、約、三日だな」
「じゃあ、往復で六日?」
「計算ではね。でも、お義母さんにも支度もあるだろうし、自転車のパンクや、暑さしのぎの休憩などを考えると、帰り着くのは半年後だろうね」
「暑さは平気よ。でも、往復に十五日もかかるの?」
「この予想は最悪の場合だから、もっと早く戻れると思うよ」
「それならいいんだけど」
「寂しがることはない。なぜなら、雪の傍にはお義母と鈴子がいるよ」
「あなたも一緒なら、楽しい旅になるのにね」
「そうだね。でも、そんな悠長なことを考えてはいけないよ」
「そうだったわ。ご免なさい」
「お義母さんと一緒に帰ってくるのを、毎日、楠の木の下で、待っているからね」
「絶対に、持っていてね」
雪は、わずか半月の別れが、永遠の別れになるような予感がして、涙がこぼれ落ちる。
「さあ、悲しいことは考えず、旅の無事を祈り、寝ることにしよう」
「そうね、母を迎えに行くのに涙は禁物だわ」
貧しいが深い愛に包まれたこの一家に、どんな苦難が待ち構えているのだろう。
警戒警報が鳴った。
「起きろ!」
明の緊張した声が家中に響いた。
市民の間で、米軍が夜間爆撃をするのは、家もろとも家族全員を殺害するのが目的で、昼間に飛ぶB二十九爆撃機は、都市を爆撃するためではなく、夜間爆撃を補完するために、都市の写真撮影を行っているという噂があったのだ。
起こされた雪は、鈴子を抱いて、家の外へ飛び出し、爆撃が始まったら、すぐ、防空壕へ逃げ込める態勢をとった。
やがて、聞き覚えがあるB二十九が轟音を轟かせ、頭上を飛び去っていった。
明が安心したように言った。
「今夜も、空爆がなくて良かったね」
「ええ、今、空爆されてたら、母さんを迎えに行けなくなっていたわ」
夫婦が手を取り合って家に入ると、柱時計が鳴った。
「まだ、夜中の一時だ。もう、一眠りしよう」
「でも、眠れるかしら」