5話 縁は終わりと思っていたのだけど……?
妙なところで、天城さんがお隣さんということを知り。
ちょっと食いしん坊で、でも、料理が下手ということを知り。
でも、それで終わり。
ここから良い方向に進むなんて、そんな漫画のような展開はない。
俺と天城さんの縁が続くことはないだろう。
今まで通り、ただのクラスメイトに戻る。
挨拶くらいはするだろうけど、それだけ。
今までと変わらない日常が続いていく。
……そう思っていたのだけど。
――――――――――
翌日の昼休み。
普段は凛と一緒に弁当を食べているのだけど、今日は他に用事があるらしく、俺一人だ。
教室は騒がしいので、いつもの中庭に移動した。
そこで、のんびりと弁当を食べようと思っていたのだけど……
「……うぅ……」
天城さんがいた。
なにやら顔色が悪く、周囲の生徒が心配そうに見ている。
ただ、既視感のある光景だ。
具体的に言うと、昨日、腹を空かせて倒れていた時のような……
「天城さん」
彼女に関わると目立つことになるが、見なかったことにはできない。
「えっと……高槻君?」
「あー……もしかして、弁当でも忘れた?」
「え?」
「ほら。まだ昼休みが始まったばかりなのに、こんなところでぼーっとしているから。弁当を持っている様子もないし」
昨日のことが周囲の生徒にバレないように、適当に理由をつけた。
「それは、その……」
「よかったら、俺の弁当を食べる?」
「本当ですか!?」
ものすごい勢いで食いついてきた。
ただ、すぐにそんな自分に気がついたらしく、こほんと咳払いをして理性らしさを取り戻す。
「あ、ありがとうございます。申し出は嬉しいですが、高槻君のお弁当がなくなってしまいますから」
「大丈夫。今日、間違えて、一つ多く作っちゃったんだ」
これは本当だ。
いつものように凛と一緒に食べると勘違いしていた。
二つの弁当箱を掲げてみせる。
「よかったら、処理を手伝ってくれないかな?」
「……ありがとうございます。そういうことなら、いただきますね」
にっこりと微笑み、天城さんは弁当を受け取ってくれた。
ただ……
ちょっとだけよだれが垂れている。
落ち着いてくれ。
そこまで喜んでくれるのは嬉しいけど、でも、聖女様らしからぬ姿を見せているぞ。
「じゃあ」
「え、どこに行くんですか?」
場所を変えようとしたら、天城さんに引き止められた。
「せっかくですから、一緒に食べましょう?」
「え? いや、それは……」
「私とでは嫌ですか?」
「そんなことはないけど……」
周囲の視線が、途端に嫉妬に変わる。
刺すような目で見られるのだけど……
まあいいか。
ここまでして、はいさようなら、という方が違和感がある。
「了解。じゃあ、一緒に食べようか」
「はい」
天城さんが座るベンチの隣に腰を落とす。
それから、膝の上に弁当を広げた。
「わぁ……♪」
弁当箱を開いて、天城さんはキラキラと瞳を輝かせた。
嬉しい反応だ。
その笑顔だけで、作ってよかった、って思える。
「海苔弁ですね! 魚のフライにちくわの磯辺揚げ。それと、きんぴらゴボウ。それらが川の字になっていて……はぁ、これ、絶対に美味しいやつじゃないですか。む? この魚のフライ……もしかして、冷凍ではなくて自家製? こちらのちくわの磯辺揚げも……すごい。すごいです。こんなにも手が込んでいる海苔弁、初めて見ました。これを味わうことができる私は、きっと、世界で一番の幸せものですね♪」
「えっと……天城さん?」
「……はっ!?」
我に返った様子で、天城さんはびくっと震えた。
「す、すみません……とても美味しそうだったので、つい」
「あはは、いいよ。喜んでもらえると、俺も嬉しいから」
「……食べる前に、写真、撮ってもいいですか?」
「どうぞ」
天城さんは笑顔でスマホを取り出した。
こうして接していると……
『聖女様』なんて呼ばれているけど、天城さんって、わりと普通の女の子なんだな。
接しやすくて、話しやすくて。
そして、なんてことのないことで笑う。
……周囲の評価に惑わされて、色眼鏡で彼女のことを見ていたのかもしれない。
「それじゃあ、いただきます」
「ああ、いただきます」
一緒に弁当を食べる。
天城さんの反応は……
「~~~♪」
キラキラ笑顔だった。
子供のように喜んで、夢中になって弁当を食べている。
「……」
「どうかしたんですか?」
俺の視線に気づいた天城さんは、不思議そうに小首を傾げた。
「いや……なんでもないよ」
「そうですか? あむ」
天城さんとの縁は途切れたと思っていたけど……
もしかしたら、まだ続いているのかもしれない。