3話 聖女様は食いしん坊
「はぐはぐはぐっ、あむ! んっ……あむっ、あむっ、はむっ!!!」
天城さんは、俺が作った野菜炒めを食べていた。
それはもう、一心不乱に食べていた。
時折、箸を止めて、
「ん~~~♪ 美味しいですぅ……♪」
感動に打ち震えていた。
涙さえ浮かべている。
まるで、砂漠で遭難して数日ぶりに水にありつけた人のようだ。
お腹が空いているというから、さきほど作ったばかりの野菜炒め一式を持ってきたのだけど……
まさか、ここまで喜ばれるなんて。
「美味しい~♪」
天城さんは満面の笑みで食べている。
というか……
これは誰だ?
学校では男女共に好かれて。
絶大な人気を誇り。
何度も告白されている聖女様のはずなのに……
これはもう、聖女様なんかじゃない。
食いしん坊様だ。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
天城さんは、たったの五分くらいで食べ終えてしまった。
俺用に作ったものだから、けっこうな量があったはずなんだけど……
「えっと……高槻君、ですよね? クラスメイトの」
「ああ、うん。覚えてくれていたんだ」
「それくらいは」
ややためらいがちに問いかけてくる。
「あの……助けていただいて失礼なことを聞くのですが、高槻君は、どうして私の家に……?」
不思議、不安に思うのも当然だ。
勘違いされないように、そこはきっちり説明しておこう。
「ただの偶然というか、俺の家、隣なんだ」
「え、そうなんですか?」
「それで、なにか鈍い音が聞こえて、なにかあったのかな? って。鍵が空いていたから、泥棒かもしれない、って確認しようとして……」
「……私が倒れていた、と」
天城さんは理解してくれた様子で、表情から警戒の色が消える。
代わりに、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ごめんなさい、疑ってしまって……それと、改めてありがとうございます」
「いいよ。それよりも、俺の方から聞いてもいいかな?」
「えっと……」
「話しづらいことなら、無理に聞くつもりはないから」
「……いえ。こうまでしていただいた以上、きちんと説明しないといけないと思いますから。こちらへ」
天城さんの案内でキッチンへ移動した。
そこで見たものは……
「……これは酷い」
「うぅ……」
散らかった食器。
めちゃくちゃになっている食材。
転がる調味料の瓶。
料理をしようとした跡が見られるのだけど……
でも、途中で大怪獣が襲来したのかと思ってしまうくらい荒れていた。
「その……私、実は料理が苦手でして」
「意外だな」
「聖女とか大層な感じで呼ばれていますけど、なんでもできるわけじゃありませんから」
天城さんは苦笑した。
「ただ、どうにかしたいと思っていて、今日は、学校に行く前から練習をして、帰ってからも練習をしていたのですが……」
「……この結果に?」
「はい……」
ものすごく恥ずかしそうに天城さんが頷いた。
「私、不器用なのか、どうしても料理がうまくできず……ひとまず休憩していたのですが、なにも食べていなかったせいか、くらっときて、倒れてしまい……」
「な、なるほど……」
事情は理解した。
泥棒とかでなくて、そこはよかったのだけど……
天城さんがピンチだったという事実は変わらないようだ。
それにしても意外だ。
繰り返しになるが、本当に意外だ。
学校での『聖女様』は、勉強も運動もなんでもできる優等生。
それなのに、まさか料理ができないなんて。
彼女には悪いけど、ちょっとだけ親しみを覚えた。
完璧な人間には近寄りがたいけど……
なにか一つ、ダメなところがあれば、親近感を抱くものだ。
「あ、あの……」
天城さんは、ちょっぴり涙目になりつつ、すがるようにこちらを見る。
「どうか、このことは……」
「ああ、うん。誰にも話さないよ、秘密にする」
「ほっ……ありがとうございます」
天城さんは、安堵した様子で表情が柔らかくなった。
「評判とかそれほど気にしないのですが、それでも、料理の腕が壊滅的な女と思われてしまうのは、ちょっと……いえ、まあ。それはそれで事実なので、まったくの反論のしようがないのですが……」
「わかるよ」
「え?」
「俺は天城さんじゃないから、考えていること思っていること、全部理解できるなんて言わないけど……まあ、ちょっとした見栄を張りたいなんてこと、誰にでもあることだからね」
「……」
「天城さん?」
「あ、いえ……はい、そうですね。ふふ、見栄です」
なぜか天城さんは嬉しそうだ。
なんでだろう?
「改めて、ありがとうございます。高槻君に助けられました」
「いいよ。お隣さんのよしみ、っていうことで」
「今度、私もなにかさせていただきますね」
「まあ、ほどほどに期待しておくよ」
ここで断るのも失礼かと思い、適当な返事で済ませておいた。
「それと……」
「はい?」
「キッチンの片付けも手伝おうと思うんだけど、いい?」
「……重ね重ね、ありがとうございます」
天城さんは顔を赤くしつつ、ぺこりと頭を下げるのだった。