2話 お隣は聖女様
我が家は1LDKのマンションだ。
都心ではなくて、田舎でもない。
そんな場所なのでそこまで家賃は高くないが、学生にとっては大金。
進学やら色々な関係で一人暮らしをすることになったのだけど、こうして、問題なく生活できるくらいに支援してくれる両親には感謝しかない。
なるべく負担をかけたくないから、できることは自分でやるようにしている。
外食やコンビニ弁当に頼ることはなくて、基本は自炊だ。
なんだかんだ、自炊なら安く済ませることができる。
手間はかかるけど、料理は好きなので苦にならない。
「こんなところかな?」
肉野菜炒めと大根とツナのサラダ。
それと、余った野菜を使ったコンソメスープ。
うん。
我ながら良い出来だ。
料理は好きだ。
というか、趣味と言ってもいい。
凛と同じく、うちの両親も共働きだ。
作り置きしてもらったごはんを温めたり、お金をもらって外で食べていたのだけど……
それらの食事はどこか味気ない。
温かみというものが足りていないような気がした。
なので、自分で作ってみることにした。
そうしたら、ものすごくハマり、色々なものにこだわるようになって……
今では一番の趣味になっている。
趣味が生活に直結しているから、大助かりだ。
「それじゃあ、いただき……」
ゴンッ。
「……ます?」
隣の部屋から鈍い音が聞こえてきた。
なんだ、今の音は?
このマンションの壁はわりと厚く、そうそう音が響いてくることはないのだけど……
もしかして、隣家になにかったのだろうか?
さすがに気になり、様子を見ることにした。
部屋を出て、隣のインターホンを鳴らす。
反応は……ない。
「すみません」
今度はノックをしてみるが、やはり反応はない。
「扉は……開いているのか」
試しにドアノブに触れてみると、鍵はかかっていなかった。
なんて不用心な。
いや……もしかしたら泥棒の可能性が?
だとしたら……待て待て。
早とちりは危険だ。
なにが起きているか、まずはそこを確かめるべきだろう。
「すみません、隣の者ですが」
もしも泥棒がいたら、無駄に警戒させてしまうことになる。
しかし、不法侵入者と勘違いされても困るので、あえて呼びかけることにした。
「すみません、誰かいませんか?」
さきほどよりも少し大きな声で。
ただ、反応はない。
「……本当に泥棒か?」
だとしたら、鍵が空いていることも納得だ。
俺がやってきて、どこかに身を隠しているのかもしれない。
いつでも動けるように、最大限に警戒をして。
ゆっくりゆっくり前に進んでいく。
「……ぅ……」
「!? 誰かいるんですか!?」
今、確かに声が聞こえた。
奥の部屋からだ。
武器になるようなものはないが……
いざとなれば、体当たりなり噛みつくなり、なんとでもしようじゃないか。
覚悟を決めて、奥の部屋に続く扉を開ける。
「……うぅ……」
「天城さん!?」
薄暗い部屋の中、天城さんが倒れていた。
どうして、こんなところに天城さんが……
いや。
驚いている場合じゃない!
「大丈夫か!?」
「……う……」
「天城さん、しっかりして!」
もしも深刻な怪我をしていたら、下手に抱き起こすわけにはいかない。
意識を保つように大きな声で呼びかけつつ、同時に、怪我がないか彼女の体をできる範囲で目視で確認する。
殴られているとか、刺されているとか。
そういうことはなさそうだ。
とはいえ、俺は素人で、おまけに目視でできることなんて限られている。
「救急車を……!」
「……待って」
「天城さん?」
天城さんは、弱々しい動きで、スマホを取り出した俺を制止する。
意識はあるみたいだ。
そのことは嬉しいけど、どうして止めるのだろう?
「私は……大丈夫、ですから……」
「いや、そんなことを言われても」
とてもじゃないけれど、大丈夫には見えない。
「本当に……大丈夫です」
「えっと……もしかして、救急車を呼ばれたくない理由があるとか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「なら、やっぱり救急車を呼んだ方がいい。倒れるなんて異常だ。自分では平気だと思っていても、とんでもない原因が隠れているかもしれない」
「倒れていることに関しては……その、心当たりというか、自覚が……」
「え? それは……」
「どういう意味?」……そう問いかけようとしたところで。
きゅるるるるる。
なにやら可愛らしい音が響いた。
俺じゃない。
天城さんから聞こえてきた。
「……」
現に、彼女は顔を真っ赤にしていた。
今のは、つまり……
腹が鳴る音?
「うぅ……お腹が空きすぎて動けなくなっているだけなんです」
天城さんは、とてもとても……本当に恥ずかしそうに、そう言うのだった。