19話 お裾分け
今日は土曜日。
休日だ。
のんびり過ごしたいところだけど、一人暮らしなので家事をしないといけない。
あまりサボっていたら、たまに抜き打ちで視察にやってくる両親に怒られてしまう。
洗濯をして、掃除をして。
さらに細々とした雑事を片付けていたら、いい時間になっていた。
「昼はなににしようかな?」
外で食べるよりも、自分で作った方が安い。
それに、料理は好きだ。
パズルのような感覚で作ることができて、さらに舌を楽しませてくれる。
冷蔵庫の中を見て献立を考えて、ささっと手早く作ることにした。
鶏肉を手頃なサイズにカットして、やや濃い目のつゆで煮る。
しっかりと火が入ったところで、溶き卵を混ぜ入れて……
それを熱々のごはんに乗せれば、親子丼の完成だ。
「三つ葉があれば見た目も映えるんだけど……ま、それはいいか」
大事なのは味だ。
そこがブレていなければ問題ない。
「いただ……」
食べようとして、ふと、壁を見る。
正確には、隣の部屋に意識を向ける。
「……天城さん、ちゃんと食べているのかな?」
学校では『聖女様』と呼ばれて、男女問わず慕われている人気者だけど……
私生活は、けっこうザルということが判明している。
料理はできないから、ずっとコンビニ弁当に頼っていないだろうか?
整理整頓も苦手みたいだから、荷物の山に埋もれていないだろうか?
「……なんか、心配になってきたな」
部屋が隣同士というのも、なにかの縁だ。
おせっかいと理解しつつ、俺は隣の部屋を訪ねた。
インターホンを押す。
『はい?』
「俺だけど……いや。隣の高槻だけど」
『た、高槻君!?』
ガタンバタン! という派手な音が聞こえてきた。
いったい、なにが……?
『ど、どうしたんですか……?』
「天城さんは、もうごはん食べた? よかったら一緒にどうかな、って」
『高槻君のごはんですか!?』
ものすごく嬉しそうな声が返ってきた。
そして、パタパタという足音。
ほどなくして扉が開く。
「今日は、なにを作ったんですか!?」
「親子丼だよ。ごはんに乗せるだけ。まあ、ちょっと卵が固くなっちゃっているかもしれないけど」
「大丈夫です! 親子丼……あぁ、なんて素敵な響きでしょう」
祈るような仕草をして言う。
「よかった、喜んでもらえて」
「もちろんです! 今日は、お昼をどうしようかと真剣に悩んでいたので……高槻君は、私の救世主ですね」
「大げさだなあ」
苦笑しつつ、一度、準備をするために部屋に戻った。
――――――――――
「「いただきます」」
天城さんの部屋で親子丼を一緒に食べる。
もう一度火を入れたけど、思っていた以上に卵はとろとろのままだ。
鶏肉もいい具合に柔らかくて、しっかりと味が染み込んでいる。
やや濃い目ではあるものの、ごはんとの相性が良いから、俺はこの方が好きだ。
天城さんは……
「はぐはぐはぐっ!!!」
とても気に入ってくれたみたいだ。
いつもの三倍増しで食べているような気がする。
食べ終えて、
「高槻君は天才ですか!?」
とんでもないことを言われてしまう。
「こんなにも美味しいごはんを作れるなんて……あぅ、感動で涙が」
「大げさだなあ」
「そのようなことはありません。これほどのものを作れる方、私は他に知りません」
「喜んでもらえたようでなにより」
「あの……」
「うん?」
「えっと、その……とても厚かましいお願いというのは重々承知しているのですが、えっと……もしもよければ、また今度……」
「了解。学校だけじゃなくて、家でもごはんを作るよ」
「いいんですか!?」
「前も言ったけど、大した手間じゃないし、料理は好きだから。というか……天城さんの方こそ、いいの?」
「なにがでしょう?」
「天城さんも一人暮らしなんだよね? それなのに、男を簡単に家に上げてしまうっていうのは……」
「簡単に、なんて思っていませんよ」
天城さんは、真面目な顔で。
それと、いくらかの微笑みを携えて言う。
「いくらなんでも、男子を気軽に家に上げるようなことはしません。一人暮らしだからこそ、そういうところはとても気をつけているので」
「でも、それなら……」
「高槻君は別ですから」
にっこりと笑う。
「高槻君は危なくないというか、そういう心配が必要ないというか……大丈夫です。誰よりも信頼していますから」
「えっと……ありがとう」
さすがに照れた。
「……まぁ、高槻君なら変なことをされても」
「天城さん?」
「い、いえっ、なんでもありませんよ!? なんでも!」