16話 放課後デート
俺は、コーヒーと天城さんオススメのパンケーキを注文した。
天城さんは、アイスティーとパンケーキスペシャル。
スペシャル、ってなんだ?
その疑問はすぐに解けた。
「わぁ♪」
天城さんの前に運ばれてきたのは、三段重ねのパンケーキだ。
バターたっぷり。
はちみつもたっぷり。
高さも抜群で、ちょっとした山ができていた。
「いただきます」
待ち切れないという感じで、天城さんはフォークとナイフを伸ばした。
ぱくりと一口。
「んーーー♪」
目がキラキラと輝いた。
そして、とろけるような笑顔。
普段のギャップもあり、ものすごく可愛い。
「やっぱり、ここのパンケーキは最高ですね♪ ふわふわで、もちもち。量はたっぷりですけど、でも、それをぺろっと食べられてしまうくらい軽く、重くないんですよ。あまり食べ過ぎると後が怖いので、最高で三枚に抑えていますけど、やろうと思えば五枚はいけますね! それに、ここの生地は……」
「……」
「はっ!?」
温かい目で見守っていたら、天城さんが我に返った。
手を止めて、赤くなった顔を隠すかのようにうつむいてしまう。
「……おかしなところを見せてしまい、申しわけありません」
「謝ることじゃないよ。むしろ、俺は、嬉しいかな」
「え?」
「今まで知らなかった天城さんの顔を見ることができて、なんていうか、こう……もっと仲良くなれるような気がしたから」
「えっと、それは……」
「うん。天城さんと、もっと仲良くなりたい」
「……っ……」
耳まで赤くなる。
なぜか、さらに恥ずかしそうに。
どうして?
「……高槻君は、いつもそんな感じなのですか?」
「そんな感じ?」
「たらしている、ところです」
え。
俺、たらしているの?
「自覚がないみたいですね……やれやれ」
「そんなこと言われても……」
自覚なんてあるわけがない。
というか、たらしなんてこと、絶対にありえないと思うが。
俺は天城さんと違い、どこにでもいるような生徒A……モブのようなものだ。
「そういう私も、高槻君に……あっ、いえ! な、なんでもありません」
「気になるんだけど」
「気にしないでください」
「えっと……了解」
むー、という感じで睨まれたので、逆らわないでおいた。
こういう時、基本、男は弱いものだ。
「それより、高槻君もパンケーキを食べてみてください。驚きますよ」
「それじゃあ、さっそく」
オススメされるまま、俺もパンケーキを食べた。
「うわっ……これ、すごいね。なんか、パンケーキの概念が変わるかも」
「ですよね!? ですよね!? 私も同じ感想です。ここのパンケーキを食べた時、今まで食べてきたパンケーキはなんだったのだろう? と、三十分ほど真面目に考えましたからね! それくらい素敵なパンケーキです。甘いだけじゃなくて、ちゃんとした料理のように旨味もあるんですよ。だからこそ、飽きることなく、たくさん食べることができてしまいます。しつこくないところもポイント高いですね。それはなぜかというと、生地だけではなくて、バターとはちみつもこだわっているからなんですよ! 特別な製法で作られているらしく、専用の店と契約を交わしているとか。それと……」
「……」
「はっ!?」
楽しそうだなあ、と微笑ましく見守っていると、天城さんが我に返る。
顔を赤くして、再びうつむいてしまう。
「す、すみません……恥ずかしいところを見せてしまいました」
「恥ずかしい? そんなことないと思うけど」
「え?」
「好きなものを熱く語るのって、誰にでもあることじゃない? そこまで語れることは、誇らしいことだと思うよ」
「……そのようなこと、初めて言われました」
天城さんの家はそこそこ厳しいらしく……
食べ物について熱く語ると、はしたないと注意されていたらしい。
親に求められる『いい子』であろうとした天城さんは、以来、素直な気持ちを封印するように。
「ただ……その、言い訳ではなくて、高槻君のせいにするつもりはないのですが、とても美味しいお弁当を食べたからか、最近は、気持ちが抑えられず」
「そっか。俺の弁当がきっかけに」
「恥ずかしい話です……」
「そんなことはないんじゃないかな?」
「え」
「女の子だから食べ物の話をしたらいけない、なんて、時代錯誤のような気が。むしろ今は、女の子の方が食に敏感な気がするよね。それに、大食いの女子もいるし……あまり気にする必要はないと思うよ」
「……」
天城さんは、ぽかーんという顔に。
ややあって、くすりと笑う。
「そんなこと、やっぱり、初めて言われました」
「そう?」
「あと……こんなことを話したのも、高槻君が初めてです」
「光栄……なのかな?」
「ふふ、どうでしょう。ただ……」
天城さんは、頬を染めたまま言う。
「……少し、仲良くなれたような気がします」