11話 いつの間に!?
「へい、ホールドアップ!」
登校中。
やたら陽気な声と共に、背中に固いものが押しつけられた。
ため息をこぼしつつ、両手を上げる。
「はいはい、これでいいか」
「お、素直だねー。じゃあ、あたしの鞄を持ってもらおうか」
「なんでだよ」
ツッコミを入れる相手は、小鳥遊だ。
いつものように人懐っこい笑みを浮かべている。
ちなみに、背中に押し当てていたのは折り畳み傘だったらしい。
「鞄くらい自分で持ってくれ」
「ひどーい。あたし、か弱い乙女なのに……ぐすん」
「か弱い……?」
「おい、やめろ。本気で首を傾げるな。悩むな。あたしが悪かったから、本気で迷うな。傷つくだろ。泣くぞ」
いつもの適当なやりとりをしつつ、凛と一緒に学校に向かう。
口からこぼれるのは、どうでもいいような雑談。
ただ、そんな適当な時間が心地良い。
「おっ、またやってるねー」
学校に到着したところで、凛がニヤリと笑う。
その視線を追いかけると……
「天城さん、俺と付き合わないか? 俺なら、キミを必ず幸せにできる、そう誓える」
校門を抜けてすぐのところで、大勢の生徒がいるにも関わらず、天城さんに告白する男子生徒がいた。
あれは……確か、サッカー部の部長の三年だな。
部を地区大会に導くほどの実力者で、ファンも多いと聞く。
故に、自分に自信を持っているらしく、このようなところで告白をしているようだけど……
「お断りします」
いつかの光景を再現するかのように、天城さんは一刀両断。
「というか、私達、初対面ですよね? 言葉を交わすのは初めてだと思いますが、そのような間柄なのに、どうして、私を幸せにできると断言できるのですか? 私の幸せについて、あなたはきちんと理解されているのですか?」
「え? い、いや、それは……」
「どのようにして、その考えに至ったのか、説明していただけないでしょうか? 私の理解が不足している場合もありますので」
「えっと、そ、それは……」
「説明できませんか? では、やはりお付き合いすることはできません。そのような曖昧な説明、曖昧な言葉では、私の心は動きませんので。申しわけありませんが、ご理解いただけると幸いです」
「あ……はい」
「では、さようなら」
「……」
容赦ないな。
サッカー部の部長は、今にも消えてしまいそうな雰囲気だ。
天城さんが告白を断るところを見るのは、これで二度目だけど……うーん?
彼女、なぜか告白を断る時だけ、きつく、厳しくなるんだよな。
他の場面では『聖女様』の呼び名にふさわしく、とても人当たりがいいのだけど……
なぜか、告白された時は一切の容赦がない。
なぜだろう?
「あ」
ふと、天城さんの視線がこちらを向いた。
先にやりとりから、俺は、ついつい身構えてしまうのだけど……
「高槻君、おはようございます」
天城さんは、すぐに忘れたのか気にしていないのか、花が咲くような笑顔を向けてくれた。
「え? あ……うん、おはよう」
「今日は気持ちのいい天気で、ついつい笑顔になってしまいますね」
え?
今、そんなことを言うの?
思い切り振ったばかりなのに?
「天城さん、今のは……」
「あ、見られていましたか……恥ずかしいです」
天城さんは、ちょっと困ったような顔に。
「少し意外だね」
「なにがですか?」
「天城さんは優しいから、あそこまで思い切り振るとは思わなかった」
「……」
「天城さん?」
「あ、いえ……な、なんでもありません」
どうして照れているのだろう?
「あれくらいしないと、後々、大変なことになる場合がありまして……」
「大変なこと?」
「最初は、なるべく相手を傷つけないように、遠回りな言葉を選んでいたのですが……そうしていたら、なかなか諦めてもらえない時が」
「ああ、なるほど」
中途半端な断り方だと、相手に希望を持たせてしまう。
そして、付きまとわれてしまう。
そんな事が実際に起きたのだろう。
「少し心苦しいのですが……なので、告白された時は、ああするように」
「仕方ないと思うよ。他に取れる選択肢って、なかなかなさそうだから。まあ、俺はそういう経験ないから、適当なことしか言えないけど」
「……ということは、高槻君は今、付き合っている方はいないのですか?」
「うん」
「……っ……」
天城さんが、なぜか喜んだ……ような気がした。
「あ、友達に呼ばれていたんでした」
「そっか。じゃあ、また」
「はい、またです」
にっこりと微笑み、天城さんは手を振りつつ立ち去る。
その背中を見送り……
「おいおいおいおいおい!?」
凛が酷く慌てた様子で、ぐいっと詰め寄ってきた。
「なに!? なになになに、どういうこと!?」
「凛の動揺っぷりがどういうことだよ」
「そりゃ動揺するでしょ!? あの聖女様と普通に話していて……え? え? いつの間に仲良くなっていたの? なんで、そのことをあたしに教えてくれないの?」
「いつの間に、と言われても……最近、話すようになったんだよ。あと、なんで凛に教えないといけないんだ?」
「あることないこと、ばらまくために」
「おいこら」
「嘘だよ、うーそ」
てへぺろ、と凛が笑う。
ちょっとイラッと来た。
「でもでも、本当にどういうこと? 創と聖女様、仲良くなるような共通点、あったっけ?」
「俺も、そんなものはないと思っていたんだけど……」
気がつけば縁ができていた。
世の中、不思議だなあ……と、ついつい他人事のように考えてしまうのだった。