1話 聖女様
刻んだ玉ねぎと合いびき肉。
卵と牛乳。
いくらかの調味料と、そして、多めのパン粉。
それらをよく混ぜた後、中心部にくぼみを作る。
油を引いたフライパンでしっかりと焼いて、いい感じの焦げ目がついたら、今度は蓋をして蒸し焼きにする。
ウスターソースとケチャップを中心にしたソースを作り、フライパンに投入。
一緒に煮込んでやる。
味がしっかりと馴染んだところで、完成したハンバーグを引き上げる。
粗熱が取れたところで容器に入れて、冷蔵庫へ。
翌日、弁当箱に入れて、他のおかずや彩りの野菜をセットにすれば、ハンバーグ弁当の完成だ。
「おぉー! うんうん、いいねいいいね!」
瞳をキラキラと輝かせつつ弁当を食べているのは、中学生の頃からの付き合いの小鳥遊凛だ。
長い髪はポニーテールにしてまとめている。
その理由が、お洒落をしたいとか可愛いからではなくて、首に髪がかかるのが嫌、という理由だ。
それなら切ればいいじゃないかと思うが、彼女の親がそれを嫌っているらしい。
活発で勝ち気。
男勝りのような性格をしているから、せめて外見は可愛くあってほしいのだとか。
とはいえ、その性格のおかげで、男女という性別の差があれど、俺達は親友として付き合うことができていた。
「やっぱり、創の作る弁当は最高だね! ハンバーグがたまらないよ」
「ありがとう」
「これ、しっかり味がついているし、冷めているのにふわふわなんだけど、どういうこと?」
「パン粉を多めに入れているからだな。それでふわっとなるし、肉の旨味を吸収してくれるから、冷めてもジューシーなまま、っていうわけだ」
「なるほどねー。ってか、肉にも味がついているような?」
「それはケチャップだな。腐りにくくなるのと、肉の臭みを消すことができるんだよ」
「へーへーへー」
「なんで、そんな古いネタを知っているんだよ」
「えへへ、親の影響かな」
にっこり笑顔を浮かべて、凛はもう一口、ハンバーグをぱくりと食べた。
高校に進学したら、彼女も同じ学校で。
しかも同じクラス。
当然のように二人で行動して、こうして、いつも昼を一緒に食べている。
凛の両親は共働きで、朝が早い。
弁当を作ってもらうことは難しく、昼食代を渡されるだけ。
それはそれで、今時、なんてことのない当たり前の光景なのだけど……
どこか寂しいと思い、弁当を作ろうか? と言ったら、キラキラ笑顔で喜ばれた。
「いやー、いつも悪いね。こんなに美味しいお弁当を作ってもらうなんて」
「いいさ。一人分作るのも二人分作るのも、大した手間じゃないからな」
「あたしからしたら、ものすっごい手間に思えるんだけどねー……あむ」
「俺は、料理を作ることが楽しいから。手間を手間と思わないんだろうな」
「いよっ、さすが! 将来は鉄人だね」
「だからネタが古い」
苦笑しつつ、俺も自分の弁当を食べる。
うん、美味しい。
今日もうまくできた。
いい感じにできた時は嬉しい。
それに……
「ん~♪ 味もしっかりついていて、いくらでも食べれちゃうね」
美味しい、と言ってもらえることは、もっと嬉しい。
材料費はもらっているけど、それ以上に、この笑顔が最高の報酬だよな。
「天城さん!」
「うん?」
ふと、大きな声が聞こえてきた。
ここは中庭。
俺達だけの場所というわけじゃないから、他に生徒がいてもおかしくはないけど……
見ると、一組の男女がいた。
男の方は……見たことのない顔だ。
ネクタイの色を見る限り、ニ年生だろう。
控えめに言ってもイケメン。
彼がナンパをすれば、十人中九人は話を聞いてくれるだろう。
自信のある表情も、女性からしたら魅力的に映るかもしれない。
対するは……
天城瑠衣さんだ。
一応、クラスメイトだけど、話したことはない。
なにも接点がない間柄だけど、でも、彼女のことはそこそこ知っている。
アイドルが霞むほどに綺麗な顔。
瞳、鼻、唇……その全てが芸術品のようで、綺麗、という以外の感想は思い浮かばない。
成績優秀、運動神経抜群。
それでいて優しく、困っている人がいれば手を差し伸べずにはいられない。
普通、こういう女子は同性から嫌われがちなのだけど……
天城さんのすごいところは、同性からも慕われているところだ。
故に、彼女は『聖女様』と呼ばれていた。
「自己紹介の必要はないと思うが、一応、しておこうか。僕は、ニ年の如月修司だ。バスケ部に所属していて、レギュラーとして、部の勝利に貢献している……とまあ、知っているようなことを繰り返してすまないね」
「いえ。まったく知らないことなので、わざわざ教えていただき、ありがとうございます」
「……」
如月先輩の表情がピシリと固まる。
自分を知られていない、というのが思っていたよりもショックだったのだろう。
彼は彼で、俺でも知っているほどの有名人だ。
校内一のイケメンで、さきほど言っていたように、バスケ部のエース。
そのルックスもあり、告白された回数は数え切れないほどだとか。
「それで、私になにか用ですか?」
「あ、ああ……いや、なに。実は、キミが入学した時から気になっていてね。綺麗で優しく、一年の中で一番……いや。この学校で一番、優れていると思う。天城さん、僕と付き合ってくれないかな?」
「お断りします」
「……」
一切迷いのない即答に、再び、如月先輩の表情が固まる。
「えっと……そ、それは……」
「では、さようなら」
「ま、待ってくれ! まだ話は……」
「私は、これ以上の必要性を感じていません。なので、さようなら」
ぺこりとお辞儀をして、聖女様は立ち去る。
一方の如月先輩は呆然としていた。
「うわー……なんか、すごい場面に遭遇したねえ」
「遭遇したというか、見せつけられたというか……」
「如月先輩としては、皆の前で聖女様を落として自慢したかったんだろうね。とはいえ、その目論見は思い切り失敗して、逆に大恥かいたわけだけど」
「一刀両断、って感じの断り方だったな」
「誰とも付き合うことなく、色恋に興味を向けることもない。だからこその聖女様、ってところもあるからねー。それでも、如月先輩は自分なら、って思ったらしいけど……ま、甘い考えだね」
「……天城さんって、かなり告白されているよな?」
「あたしの知る限り、三十人くらいかな」
それはすさまじい。
「なんで、付き合わないだろ? よりどりみどり、選び放題なのに」
「たぶん……」
「たぶん?」
「……いや、なんでもない」
色恋に興味がないわけじゃなくて。
本当に好きな人がいないのでは? と思ったけど……
なんとなく、それは口にしてないでおいた。