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第80話「よるにおしえる」

 颯真が裏の世界で経験したことやアキトシをはじめとする【タソガレ】のこと、そしてミツキが二人の仇敵であることを説明すると、冬希はうんうんと頷きながら話を聞き、そして口を開く。

 

「私たちが敵だと思っている【タソガレ】にも生活があるんだ」

「うん。ちょっとしか見れなかったけど、僕たちと変わらない生活をしてた」

 

 颯真の言葉に、冬希が「そうか」と呟く。

 

「【タソガレ】も文明を築いていて、私たちと同じように生きていると考えると……これは人間と【タソガレ】の戦争なんだな……」

 

 冬希に言われ、颯真はそうだ、と気がついた。

 今まではよく分からない化け物が襲ってくるからそれを駆逐する、という流れで戦っていたが、【タソガレ】という存在が明らかになり、人類を攻撃する理由も分かった今、戦いは【タソガレ】の人類に対する侵略戦争に発展した。

 

 資源を得るために侵略する【タソガレ】と、それを阻止しようとする人類。そこに双方が歩み寄る余地はないのか、と颯真は考えた。

 戦争なんて遠い世界の話だと思っていた。【あのものたち】が現れ、人々を襲うようになり、国家間の戦争は激減した。夜間戦闘なんてもってのほか、それなら昼間だけ戦闘すればいいとなるとそれはそれで大変だし、第一【あのものたち】という人類共通の敵がいるのに人間同士が戦うのはあまりにも不毛すぎる。

 

 そのため、戦争というものはもはや歴史上の産物同然のものとなっていた。そんな戦争が、まさか人類以外との戦いで発生することになるとは。

 日本の、戦争に関する教育は「戦争は悪いもの、それを起こした日本は悪い」という風潮がある。マイクロポストSNSの普及で、様々な資料を研究したユーザーが「日本の反戦教育には問題がある」と声を上げ、そこから少しずつ考えは変わっていったが、それでも根強く「日本が兵器を持つのは戦争への加担だからダメだ」と声高らかに叫ぶ人間もいる。また、「武力を持たなければ侵略されない」と信じ込んでいる人間もいる。

 

 実際はどうだ。人類に戦う意志がなくとも【タソガレ】は攻撃した。魂という魅力的な資源を求め、侵略してきた。

 その時点で、「武力を持たなければ平和に生きられる」という平和神話は崩れ去った。しかし、それを知っているのは各国政府関係者と【ナイトウォッチ】だけで、ほとんどの市民は【夜禁法】に不満を持ちつつも平和に生きている。

 

 一般市民が認識していない「戦争」。

 同時に、一般市民に知られてはいけない。

 一般市民が平和に生きることができるのなら、【ナイトウォッチ】はそれを守るべきである。歴史の授業で聞いた戦時中の生活を一般市民に強いるほど今の世界は閉塞していないのだ。

 

「正直、僕は【タソガレ】の侵略は無意味だと思ってる。エネルギー問題がきっかけで侵略したかもしれないけど、他人の犠牲の上で成り立つ幸せなんて本当ならあってはいけないと思うんだ」

 

 ぽつり、と颯真が呟く。

 

「もちろん、僕のこの考えが偽善だということは分かってるし、お母さんを殺された冬希が【タソガレ】を憎むならそれを止める気はないよ。だけど、もっと平和的に、人間も【タソガレ】も平和に生きられる世界が来るといいな、って僕は思ってる」

「颯真……」

 

 ぬるくなった紅茶を一口飲み、冬希が颯真の名を呼ぶ。

 確かに、【あのものたち】を憎む気持ちは冬希にはある。しかし、同時に【タソガレ】にも人類と同じような文明があり、生活を営んでいると知るとそれを壊していいのか、という思いも浮かんでくる。

 

 この二つの気持ちは両立する。冬希が憎んでいるのは母親を殺した【あのものたち】であって、ごく普通の生活を営む【タソガレ】ではない。

 【タソガレ】は人間ではない。だが、それがなんだと言うのだ、と考えていることに冬希は気がついた。【タソガレ】も文明を築いているのなら、それは人間と変わりない。身に降りかかった火の粉は払うが、だからと言って燃やさなくていいものを燃やすほど冬希も攻撃的な人間ではなかった。敵意を持って接してこないのであればどうでもいい、それはある種の無関心であり、冬希の、他者に対するスタンスだった。

 

「私も別に不要な戦いをしたいと思わない。【ナイトウォッチ】に入ったのも自分の力が人々を助けるならと思ったからだし、【あのものたち】——【タソガレ】が人を襲わないというなら戦う気もない。もちろん、お母さんを殺した奴は絶対に私の手で倒すとは思ってるけど、普通に生活している【タソガレ】を殺したいとは思わない」

「冬希……」

 

 颯真としては、冬希がその考えに至るのは少しだけ意外だった。「もしかしたら」という思いはあったが、それでもその「もしかしたら」を冬希が口にしたことで、何故か安心する。

 

「冬希ならそう言うと思ってた」

「どうして」

 

 颯真の言葉に、冬希が不思議そうな顔をする。

 

「だって、冬希って優しいから」

「ぶっ!」

 

——いやどうしてそのタイミングで紅茶飲もうとしたの。

 

 盛大に吹き出した冬希を、颯真は心の中で冷静にツッコんだ。

 どうして、と言いつつも紅茶を口に運んだのは、もしかするとある種の照れ隠しだったのかもしれないが、結果として逆効果になっている。

 

「わ、私が優しい!? 君にグーパンする女だぞ!?」

「もしかして、気にしてた?」

 

 冬希の反応がいちいち可愛らしく思え、颯真が微笑ましくそう尋ねる。

 すると冬希は、

 

「くそ……心配して損した」

 

 などと呟きながら、残っていた紅茶を一気に煽った。

 

「ありがとう、冬希」

 

 冬希がたまらなく愛おしくなり、颯真は思わずそう口にする。

 

「心配してくれてありがとう。昔の僕だったらそんな人なんているわけがない、って思ってすぐに諦めていたと思う」

 

 それ以上は恥ずかしくて口にはできなかったが。

 

——冬希が、僕を変えてくれた。

 

 その冬希の期待に応えたい。

 そう思うが、颯真はまだ重大な事実を冬希に告げていない。

 言わなければと思っていたが、それを口にする勇気は颯真にはなかった。

 自分が普通の人間とは違う、人間と【タソガレ】両方の力を兼ね備えた存在だと告げるのはあまりにもハードルが高かった。

 

 それでも、【ナイトウォッチ】として今後激化するかもしれない戦いを勝ち抜くのに全力を出さないのは誰に対しても失礼であるし、全力を出さないことで本来なら必要なかった犠牲を払う必要も出てくるかもしれない。

 

 それを隠し続け、発覚するよりは自分から打ち明けたほうがいい、そう自分に言い聞かせ、颯真は姿勢を正した。

 

「颯真?」

 

 急に姿勢を正した颯真に、冬希が不思議そうに颯真を見る。

 

「……冬希」

 

 思い切って、颯真は口を開いた。

 

「冬希には打ち明けておこうと思う。どうせ言わなくてもすぐに分かることなんだけど、でも冬希には先に言っておきたい」

「どうしたの、急に」

 

 颯真の言葉に、冬希もこれは冗談でもなんでもないと察し、姿勢を正す。

 うん、と颯真は言葉を続けた。

 

「実は……僕、人間じゃないらしい」

「え」

 

 颯真の言葉に、冬希が固まる。

 同時に、冬希は自分が別の言葉を期待していたことに気がついた。

 

「それは、どういう——」

 

 期待した言葉と全く違う言葉に、冬希が戸惑いを隠せずに尋ねる。

 

「そもそも、僕の父さんが【タソガレ】だったんだ。それで、人間を襲う【タソガレ】に対抗し、裏の世界に封じ込めるために僕を造ったらしい」

「造った、って……」

 

 颯真の言葉は、単純に言葉だけを捉えれば違和感はない。男女の営みを「子供を作る」と揶揄されるくらいには一般的な響きだ。

 だが、颯真のその言葉は重みが違う。

 単純な男女の営みが絡んでいないのはすぐに分かった。

 そうなると、考えられるのは——。

 

「……颯真、君は——」

 

 頭に浮かんだ可能性に悍ましさを覚える。

 冬希が険しい顔をして颯真を見る。

 颯真が冗談を言うような人間ではないのは冬希が一番よく分かっている。そう考えると、颯真の言葉は真実なのだろう。

 父親と名乗った人物が【タソガレ】だった、そんな存在が人間を「造る」となると、考えられることは一つしかない。

 

「……君は……【タソガレ】なのか……?」

 

 掠れた声で、冬希はそう尋ねた。

 

「うーん……一応、人間ではあると思うんだ。だけど、【タソガレ】としての力も使える。なんというか……人工的に造られた、ハーフ……?」

 

 そういえば自分は存在としてどのような立ち位置なんだろう、と颯真は考えていなかった。こうやって説明する段になって、改めて考えてしまう。

 ミツキは「人間の卵と種は使っているようだが」と言っていたから、構造的には人間と変わりないものなのだろう。だが、その裡に埋め込まれたものは【タソガレ】のもの。

 

 そう自分の中で結論づけてから、颯真は恐る恐る冬希を見た。

 

「ごめん、冬希。こんなこと言われても、訳わからないよね。だけど、君には伝えておきたかった。一応はバディとして戦ってる仲だし」

 

 ——ぷつん。

 

 そんな音が、冬希の中で響いたような気がした。

 

「ふぅん……?」

 

 冬希がゆらり、と立ち上がる。

 

「ふ、冬希?」

 

 冬希の様子に、颯真が不穏な空気を感じて声を上げる。

 やっぱり自分が【タソガレ】の力を持っていることは伝えないほうが良かったのか、などと考えているうちに冬希が颯真の前に移動する。

 

 そして、

 

「私の気持ちはどうでもいいんか!? あぁ!?」

 

 ——再び、颯真の顔面に拳が叩き込まれた。

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