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第63話「よるがざわめく」

「……追跡は行わない、と」

 

 和樹が提示した【ナイトウォッチ】の結論に、誠一が低い声で返す。

 颯真が失踪した、それも恐らくは裏の世界に迷い込んだという報告は夜明け後すぐ、誠一の耳にも届けられた。

 

 颯真はすでに訓練課程を修了し、本隊に配属されているため、本来なら一介の教育係である誠一には関係のない話だった。それなのに誠一にまで颯真の失踪が告げられたのは、ひとえに誠一も「あのプロジェクト」を知る限られた人間だからだ。

 

 「夜を取り戻す」を合言葉に、竜一によって立ち上げられたプロジェクト。それは、颯真がいないと成り立たないとさえ言われた、【あのものたち】を完全に表の世界から排除するプロジェクト。

 

 それは、竜一の死によって妨害され、頓挫同然の状態となっていた。それが、颯真の早期覚醒により再開することとなった。

 現在、限られた範囲ではあるが様々な人間が再び動き出したプロジェクトを今度こそ完遂させようと動いている。

 それなのに、颯真は失踪してしまった。裏の世界に迷い込んでしまった。

 

 今まで、裏の世界に迷い込んで戻ってきた人間はほとんどいない。【ナイトウォッチ】の隊員でさえも。

 存在しないわけではない。実際に戻ってきた人間もいる。しかし、戻ってきた人間の誰もが「恐ろしいものを見た」「殺されると思った」と口にして重篤なトラウマを抱えるだけで、裏の世界の詳細を知ることはできなかった。

 

 一時期は裏の世界のデータを取るために、撤退する【あのものたち】に探査機を取り付ける等の試みも行われた。だが、その試みも「裏の世界に消えた瞬間通信が途絶する」という結果に終わっていた。そのため、颯真にも通信端末は支給されていたが信号が途絶し、現在地の確認をはじめとして一切の通信ができない状態となっている。

 

 今まで、ほとんどの人間が戻ってこなかったことを考えると、颯真がもう帰還しない可能性は非常に高い。いくら颯真に可能性が秘められていたとしても、一人で裏の世界に迷い込んで自力で帰ってくるという未来を想像することができない。

 だからこそ、颯真の失踪を聞かされた誠一は持てる全ての伝手を使って颯真の捜索を試みようとした。アポロやアルテミスのシミュレーションを利用して表の世界から裏の世界への通路を開く方法を計算しようとした。

 

 それなのに、今、和樹から伝えられたのは「颯真の捜索を行わない」という言葉。

 

 何故だ、と誠一が唸る。

 颯真はプロジェクトの完遂に必要な鍵のはずだ。それを失った状態でプロジェクトが完遂できるほど人類側に力はない。

 颯真だから、プロジェクトを進めることができる。それを信じて、【ナイトウォッチ】に颯真が入隊する前でも頓挫したプロジェクトを信じ細々と動いている人間はいた。

 

「あのプロジェクトには颯真君は必要なはずです。それを信じて、皆動いていたはずだ」

《それは私も説明したよ。しかし、『颯真君が表の世界にいなくともプロジェクトは進められる』という返答が来た》

「それは——」

 

 夜を取り戻すためのプロジェクト、それを知っているのは政府、警察、そして【ナイトウォッチ】の中でもそれなりの地位にいる人間だけだ。そしてこのような決断を下せる人間を、誠一は一人しか知らない。

 まさか、と誠一が呟く。

 ああ、と和樹も頷く。

 

《井上総理がそう言った》

 

 プロジェクトの発案者であり中心人物の一人。多大な資金提供を行い、国家予算も一部このプロジェクトに投入させたほどの手腕の持ち主。

 そんな靖が「颯真がいなくてもいい」と言ったのか。

 

 いや、と誠一は心の中で否定した。

 和樹の言葉に違和感を覚える。

 「颯真君が表の世界にいなくともプロジェクトは進められる」という言葉が何故か引っかかる。

 

 考えろ、と誠一が自分に言い聞かせる。

 何が違和感の元だ。自分は何を見落としている、と考え、違和感の元に到達する。

 

「……()()()()()()()()()()?」

 

 そうだ、和樹の言葉が正しければ靖は「颯真がいなくとも」とは言っていない。

 どういうことだ、と誠一が和樹に尋ねる。

 

《俺にも分からん。井上総理としてはまさか、颯真君が裏の世界にいても問題ない、いや、戻ってくると確信しているのか……?》

 

 颯真の特異性はプロジェクトに関わる人間なら誰もが知っていることだ。生まれてすぐに原型チップ2号を埋め込まれ、自分の命が危険に晒されたときに魂技に目覚めた。その魂は魂を計測できるはずの【ナイトウォッチ】ですら測ることができない。いや、颯真たちと接触した高位の【あのものたち】に関しても戦闘ログに「視えない」という発言が残されている。

 

 颯真の魂は計測できない。そして、誰にも持ちえない可能性を秘めている。

 その理由を——プロジェクトに関わっている人間は理解していた。理解していたからこそ、プロジェクトに参加した。

 だからか、と誠一が呟く。颯真は()()だから自力で対処することができると信じているのか、と。

 

 それでも救出のための手段は講じるべきだろう。今まで裏の世界に引きずり込まれた隊員に対してもある程度の捜索は行ったのだ。まだ一日も経過していないのに捜索を打ち切るなど、本来ならあり得ない。

 

「……何を考えている……」

 

 靖は何を考えているのか、誠一には想像もできなかった。

 ただ、薄っすらとだが不安を覚える。

 夜を取り戻すためのプロジェクト、それは実は誠一にも預かり知れない秘密が隠されているのではないか、という不安。

 駄目だ、と誠一は立ち上がった。

 

《神谷、何を考えている》

「私には颯真君を見捨てる決断はできません! 井上総理は颯真君が戻ってくるという確信があるようですが、颯真君はまだ訓練課程を修了したばかり、そんな彼が一人で裏の世界に迷い込んで自力で帰還できるはずが——」

 

 だから、私が行きます、と誠一が訴える。

 

《裏の世界へ行くのか? どうやって》

「今夜、私も出撃します。【あのものたち】の撤退を追えば——」

《やめろ、【ナイトウォッチ】は今君を失うわけにはいかない》

 

 冷静な和樹の言葉。

 それに反して、誠一は必死の形相でモニターを睨みつける。

 

「私よりも颯真君の方が大切だ! 私がいなくても【ナイトウォッチ】は回っていくが、颯真君がいなければ——」

《その颯真君が戻って来た時に君がいなければ話にならないと言っているのだ》

 

 どこまでも冷静で、揺らぎのない声。

 和樹の言葉に、誠一がはっとして動きを止める。

 

《私も井上総理同様、信じている。颯真君は必ず戻ってくると》

「何が根拠で」

 

 根拠などどこにもないはずだ。あらゆる通信も途絶している今、颯真の生存すら分からないのだ。

 それなのに生還を信じるなど、根拠がなければできることではない。

 忘れたのか、と和樹が言う。

 

《忘れたのか神谷、颯真君は誰の子供かということを》

「それは……竜一の……」

《そうだ、颯真君は南竜一の息子だ。それが、颯真君にとって大きなアドバンテージになるはずだ》

 

 颯真にとってのアドバンテージ。その言葉に誠一も理解した。

 竜一の息子である颯真なら、【あのものたち】に魂を計測されない颯真なら、誰よりも強い可能性を秘めている颯真なら。

 帰ってくるのか、と誠一が呟く。

 その呟きを聞き取った和樹がああ、と頷く。

 

《だから信じろ。颯真君は必ず帰ってくる。恐らくは——プロジェクト完遂の手がかりを得て》

 

 誠一としてはこうなってはプロジェクトの成否はどうでもよかったが、それでも可能性があるのなら信じるしかなかった。

 颯真は強い。ただ強い魂を持っているからではない。誰よりも真っすぐで、誰よりも人間を信じようとして、人間の中にも敵がいると知っても守ろうとした。

 そんな颯真がこんなところで死ぬはずがない。

 

 そうだ、自分が颯真を信じなくてどうする、と誠一は自分に言い聞かせる。

 颯真は【ナイトウォッチ】の中でも特に誠一を信頼している。勿論、一番信頼しているのは冬希だろうが、その次くらいには信頼していると考えていいだろう。それならその信頼に応えるべきだ。

 

「分かった、信じます」

 

 落ち着きを取り戻し、誠一は椅子に座り直した。

 

「しかし、アポロとアルテミスの演算の一部を颯真君の捜索のために割いていただきたい」

《その交渉は任せたまえ。颯真君は大切な【ナイトウォッチ】の一員だからね》

 

 誠一を安心させるように、和樹はそう言い、ふっと笑んでみせた。

 

《神谷、君も颯真君を信じて通常業務に戻ってくれ。あとは我々の仕事だからな》

「分かりました。くれぐれも、頼みます」

 

 誠一の言葉に、和樹は勿論、と頷き、通信が切断された。

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