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第55話「よるにてをつなぐ」

『決勝戦を始めます。足立・中川ペアと南・瀬名ペアは道場に集まるように』

 

 そのアナウンスに、少し気まずそうな雰囲気で休憩していた颯真と冬希が同時に頭を上げた。

 無意識のうちに互いが互いを見る。

 

「瀬名さん、行こう」

「ああ、負けるわけにはいかない」

 

 先ほどまでの気まずそうな雰囲気はどこへやら、すっかりやる気スイッチの入った二人は周囲の応援を背に道場に向かう。

 そこにはすでに真と卓実が到着しており、二人を鋭い目で見据えていた。

 颯真と冬希もその視線をまっすぐ受け止め、真と卓実の前に立つ。

 

「流石に逃げ出すほど日和るような奴ではなかったか」

 

 グローブをはめた両手の拳をぶつけ合わせ、真が挑発するように言う。

 

「そっちだって以前僕に負けたくせに棄権しなかったんだ」

 

 負けじと颯真も挑発し返す。

 

「ふん、【拘束(Bind)】なんて対策済みだ。【あのものたち】には通用するかもしれないが、俺に同じ手は通用しない」

「じゃあ、本当にそうか試させてもらうよ」

 

 その言葉と共に真がその場で身構え、卓実が数歩下がって両手の銃を二人に向ける。

 颯真も腰に差した直刃の刀に手をかけ、冬希も同じように刀に手をかける。

 

「それでは——はじめ!」

 

 四人の横に立った審判が声を上げる。

 同時に、道場の周囲からわっと歓声があがる。

 

「よっしゃ真いてまえー!!」

「プリンセス、負けんじゃねえぞ! こちとら明日の昼飯が懸かってんだからな!」

「こらー! 試合での賭博は禁止です!」

 

 最後、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がしないが、それを振り切り、颯真は真に向かって一歩踏み込み、抜刀した。

 

『【解放(Release)】!』

 

 四人の声が重なる。

 四人の身体をそれぞれの色の光が包み、肉体を強化する。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 居合での一撃は真も想定していたようで、颯真の踏み込みと同時に後ろへ跳び、回避している。

 後ろへ跳んだ直後、刀を振り抜いた颯真の懐に飛び込むように前方へ跳躍し、真がコマンドワードを開放する。

 

「【懐剣(Blade)】!」

「——っ!」

 

 咄嗟に颯真が刀を振り抜いた勢いのままに一回転、刀を立てて真の手から伸びたオレンジ色の光の刃を受け止めた。

 

「俺が打撃しか使わないと思うなよ!」

「それはさっき見てたから知ってる!」

 

 鍔迫り合いの状態で、真と颯真が睨み合う。

 その横で、冬希は卓実に斬りかかるでもなく、《《左手》》を頭上に掲げ、叫んだ。

 

「【雷撃(Lightning)】!」

 

 冬希が叫んだ瞬間、冬希を覆う蒼白い光が左手の指先に集中する。

 それを卓実に向けて振り下ろすと、稲妻が卓実に向けて放たれた。

 

「ちっ、【防御(Protection)】!」

 

 冬希が叫ぶと同時に、卓実もコマンドワードを解放し、光の盾を展開する。

 しかし、冬希も卓実がここで防御することは想定済みだった。

 卓実がコマンドワードを解放した直後、冬希が次のコマンドワードを開放する。

 

「【曲射(Curve)】!」

「な——! 真!」

 

 冬希が解放したコマンドワードに、卓実が咄嗟に真に声をかける。

 冬希から放たれた稲妻は卓実が展開した光の盾に到達する前にその向きを変え、真に襲い掛かる。

 

 颯真と鍔迫り合いになっていることで横が無防備になっていた真に稲妻が襲い掛かった。

 

「く——っ!」

 

 渾身の力で颯真を突き飛ばし、真が再び後方に跳ぶ。

 そこへ、

 

「【拘束(Bind)】!」

 

 以前、真が颯真に敗北するきっかけとなった【拘束(Bind)】の帯が襲い掛かった。

 後方へ完全に逃げることもできず、途中で動きが止まった真を稲妻が掠める。

 

「ぐ……っ!」

 

 直撃ではなかったものの稲妻を受け、真が呻く——が、新人チーム一体力のある真はそれでダウンすることはない。

 それどころか、【拘束(Bind)】の帯を強く引き、逆に颯真を引き寄せ、もしくは転倒させようとする。

 

 先ほど、颯真に宣言した通り、【拘束(Bind)】は既に対策済み。【解放(Release)】によって強化された力を使って相手を転倒させるか、卓実の援護で光の帯を切断する。

 前回、颯真に負けたのは、颯真が知っていると思わなかった【拘束(Bind)】を使われたことと、卓実の援護がなかったからだ。その両方の問題がクリアされている今、【拘束(Bind)】の脅威はないに等しい。

 

「対策したと言ったはずだ!」

「でも、一瞬足止めするくらいはできる!」

 

 真の言葉に、颯真も負けじと叫ぶ。

 

「冬希さん!」

「【拘束(Bind)】!」

 

 颯真の声が届く前に、冬希は叫んでいた。

 蒼白い光の帯が真に伸びる。

 

「だから無駄だと——!」

「【(Amplifi)(cation)】!」

 

 いくら【拘束(Bind)】を使っても無駄だ、と真が拳を固めるが、同時に颯真も叫んでいた。

 そのコマンドワード(【増幅】)に、周りがまさか、と声を上げる。

 

 颯真が唱えたコマンドワードは確かに魂技を増幅するものだったが、それは颯真自身を対象に取っていなかった。

 冬希に向けられ発動したコマンドワード、金色の光は冬希の【拘束(Bind)】によって作り出された蒼白い光の帯と絡み合い、まばゆい光を放つ。

 

「【拘束(Bind)】!」

 

 【(Amplifi)(cation)】を使った直後の颯真も【拘束(Bind)】を発動、金色の光の帯が真の腕ではなく脚に絡みついた。

 

「こん、のぉっ!」

 

 全力で光の帯を引く颯真、同時に真に襲い掛かる無数の箍。

 颯真に脚を引かれバランスを崩した真を、まばゆく輝く箍が捉え、道場の床に縫い付けた。

 

「足立、ダウン!」

 

 審判の声が響き、道場の周囲がわっと湧く。

 今回の紅白戦、優勝最有力候補と言われていた真のダウンに、誰もが颯真と冬希の連携の強さを思い知る。

 普段から息の合う二人ではあったが、まさかここまでとは誰が思っただろうか。

 

 声をかけ、それに応じてアクションを起こすことはどのペアでもできる。

 しかし、颯真と冬希はそれだけでは終わらなかった。

 どちらも、互いの声が終わる直前、下手をすれば声をかける直前に動いている。

 まさに阿吽の呼吸、声掛けはただの確認に過ぎない。

 

 それに、【(Amplifi)(cation)】を相方の魂技に合わせて発動させる機転も颯真にはあった。

 身体強化をブーストする【(Reinfor)(cement)】と違い、【(Amplifi)(cation)】は魂技そのものを強化する。その特性故に、必ずしも()()()()()()()()()()()()()()()()。それは誰もが知識として知っていることだったが、実践するには至らなかった。そういう状況が思いつかなかった。それを、颯真が使ってみせるとは。

 

 真が【拘束(Bind)】を振りほどいて体を起こそうとしているが、完全に床に縫い付けられた状態では全力を出すことができない上に【拘束(Bind)】自体も強化されているため振りほどくことができない。それを確認し、颯真は冬希を見、それから卓実を見た。

 

「くっそ……はじめから真狙いだったか!」

 

 互いに打ち合わせも何もしていなかったが、颯真と冬希の狙いは初めから真一人だった。確かに卓実の妨害も脅威だが、それ以上に真の戦闘能力は一対一では太刀打ちできない脅威である。

 

 そのため、冬希は卓実狙いに見せかけ、真を狙った。

 二対一なら勝ち目はある、卓実に関しては妨害が入る前に一度足止めすれば、その慎重な性格故にまず隙を狙う、という読みが冬希にあった。

 

 その読み通り、卓実は最初の【雷撃(Lightning)】で防御を強いられ、さらに冬希の攻撃の隙を狙いに行った。

 完全に自分の癖を見抜かれた作戦に卓実は改めて颯真と冬希の信頼関係を思い知らされる。

 これは自分と真の信頼関係をはるかに上回る信頼、とても勝てない。

 

 それでも、卓実にもプライドはあった。

 ここで降参しては真に顔向けできない、それに、もしこれが【あのものたち】との戦闘で、後ろに守るべき市民がいたらと考えると退くことは絶対にできなかった。

 

「俺だって、負けられないんだよ!」

 

 卓実が吼え、颯真に銃を向ける。

 

「【拡散(Diffusion)】! 【(Amplifi)(cation)】!」

 

 もはや作戦とも言えない破れかぶれの攻撃ではあったが、卓実は自分が今使える最大の攻撃を展開した。

 【(Amplifi)(cation)】で増幅した【拡散(Diffusion)】、いくら颯真であってもこれは避けられないはず。

 

 ——そう、思ったのに。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 颯真は真っすぐ卓実に突っ込んできた。

 【拡散(Diffusion)】によって放たれた光の散弾だったが、拡散する前に颯真はそれを突破し、卓実にタックルする。

 

「ぐはっ!」

 

 いくら自身の身体能力を強化していたとはいえ、同じく強化していた颯真に体当たりされてはたまらない。

 派手に吹っ飛ばされ、卓実も道場の床に沈む。

 

「中川、ダウン! そこまで!」

 

 審判の声が高らかに響く。

 

「勝者、南・瀬名ペア!」

 

 その瞬間、道場がこれまでにないほど沸き上がった。

 道場の周りで試合を見ていた面々が颯真と冬希に駆け寄り、祝福の言葉を掛けながら胴上げを始める。

 

「いやあ、あの真を無傷で仕留めるとかヤバすぎだろ!」

「おめでとう! これで明日の昼飯はピザだ!」

「だから賭博禁止って言ってるだろうが!」

 

 そんな声を聞いて、颯真は漸く自分の勝利を実感した。

 

——勝てた。本気の足立さんに。

 

 以前は不意打ちだったかもしれない。だが、今回は真正面から戦って真に勝利した。

 それは颯真に大きな自信をもたらした。

 もしかしたら、あの知性を持った【あのものたち】にも勝てるかもしれない、という。

 

 胴上げされながら、颯真はちら、と冬希を見た。

 

「よくやったな、南」

 

 誇らしげに、冬希も頷いた。

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