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第53話「よるはみまもる」

 【ナイトウォッチ】の本部でチップの検査を受けた後、病院で精密検査も受けた颯真は、検査室を出たところでベンチに腰かけていた一人の少女の姿を見た。

 

「弘前さ——」

 

 そこにいたのは朱美だった。

 てっきり冬希が来てくれると思っていた颯真は、いささかの失望を覚えつつも朱美を見る。

 

 冬希はどうして来てくれなかったのか、そう考えただけで胸が痛むが、よくよく考えたら別に冬希とは付き合っているわけではない。一方的に親しくなれればいいなと思っているだけで、ここに冬希が来るべきだと考えるのはただの傲慢である。

 

 颯真の声に、朱美が頭を上げ、勢いよくベンチから立ち上がる。

 

「南君、検査は終わったの?」

「う、うん」

 

 目のやり場に困り、キョロキョロしながら颯真が頷く。

 

「冬希ちゃんは遅れて来るわ。昨夜のことで本部の事情聴取が長引いてるみたいで、その間に私が様子見に来たわけ。ごめんね、冬希ちゃんじゃなくて」

「いや、別にそれは——」

 

 颯真が慌てて両手を振りながら首も振る。

 ここに冬希がいないのは確かに残念だが、それでも誰も来てくれない状況で帰宅するより誰かが迎えに来てくれた方がはるかに嬉しい。

 それが朱美であることにいささかの不信感のようなものはあるが、それは考えすぎだろう。

 

「とにかく、もう少ししたら冬希ちゃんも合流するから近くの喫茶店にでも入らない? 冬希ちゃんには私から連絡しておくわ」

 

 ここで待ってても暇だし、と朱美が颯真を誘う。

 

「……うん」

 

 断り切れず、颯真が頷いた。

 後で冬希が合流するのならそうした方がいいと思ったわけだが、この際朱美に色々訊いてみたいこともあった。もしかすると冬希と距離を縮めるヒントが得られるかもしれない。

 そんな不純な動機ではあったが、朱美は気付いていないのか「それなら」と颯真の前に立つ。

 

「行きましょ」

 

 先に立って歩く朱美に、颯真は「女子って結構強引なんだな」などと考えつつ、後について歩きだした。

 

 

 カラン、とアイスコーヒーの氷が融けて音を立てる。

 朱美が親指と人差し指で細いストローを摘まみ、グラスを掻きまわしている。

 

「……でね、中川君ってば冬希ちゃんにどつかれてたわよ。流石にあれはないわーって思ったわね」

 

 朱美が話す、入隊前の新人チームの話を興味深そうに聞きながら、颯真はそんなことが、と相槌を打っていた。

 自分が知らない、入隊前の冬希の話はとても興味深かった。あの時はそんな反応をしたんだ、あんなことをしていたんだ、そんなことを考えながら颯真もアイスコーヒーを啜る。

 

「——で、南君としてはどうなのよ」

「え」

 

 突然、話を振られ、颯真が硬直する。

 どう、とはどういうことだ。

 颯真が返答に困っていると、朱美はくすりと笑い、颯真を見る。

 

「南君は冬希ちゃんのことどう思ってるの」

「それは——」

 

 真正面から訊かれ、颯真が答えに詰まる。

 冬希のことをどう思っているのか——。それは大切な仲間であり、その中でも特に守りたいと思う人物、というのが颯真の認識だった。自分の守りなど必要ないほど冬希は強いが、それでも何かあった時に守りたい、目の前で死なれたくない、そんな思いが真っ先に浮かぶ。

 

「……冬希さんは大切な仲間だと思ってるよ。絶対に死なせたくないし、守りたいって思ってる」

「……そう、」

 

 ——予想通りの答え。颯真なら絶対にそう答えるという朱美の確信通り、颯真は「大切な仲間」と言い切った。

 これは本当に何も分かってない、それは恋心なのよ分かってこの朴念仁と内心で毒づいた朱美だったが、それは盛大なため息となって口から零れ落ちた。

 

「……はぁ……。ほんっと、分かってないわね、南君」

「えっ」

 

 朱美の言葉の意図が分からず、颯真が必死で考える。

 一体何を分かっていないのか、自分の回答の何が間違っていたのか、それが分からない。

 

 自分は率直な考えを口にしたはずだ。それなのに、朱美がため息を吐いたということはそれが間違っていた、とは理解できる。しかし、その何が間違っていたかまでは分からなかった。

 あのねえ、と朱美がグラスからストローを抜き、その先端を颯真に向けて口を開く。

 

「前々から思ってたんだけど、貴方と冬希ちゃん、どこからどう見ても両想いなんですけど」

「えっ」

 

 朱美の言葉に颯真の思考がフリーズする。言葉はちゃんと聞いたはずだが、脳がその言葉の意味の理解を拒絶する。

 えっ、えっ、と颯真が口をパクパクさせ、次の瞬間、顔を真っ赤にする。

 

「両想いって」

「南君、冬希ちゃんのこと好きでしょ、ねえ、好きだと言って!」

「え、そ、それは」

 

——それは、言ってもいいのだろうか。

 

 とは思ったものの、颯真は自分のこの感情が恋愛感情だという認識は全くなかった。冬希のことはただただ大切にしたい、守りたい、泣かせたくない、死なせたくない、と思うだけだ。冬希の母親が【あのものたち】に殺されたことを知り、冬希が復讐を誓うのならその手伝いをしたい、と思っただけだ。

 だから、朱美の言葉が理解できない。好きという感情が分からない。

 

 今まで、人間の闇を見て、【ナイトウォッチ】に入隊してからは人間の温かさを知って、人間もまだ見捨てたものではないと思うようにはなったが誰かに対して好きという感情を持ったことがなかった。そんな感情を持ったことがないから、好きという感情が分からない。

 

 朱美に言われ、颯真は考える。

 この感情は、恋愛感情なのか、と。

 クラスメイトが「A組の誰それがかわいい、惚れた」や「誰それと付き合うことになった」という恋バナをするから恋愛というもの自体は全く理解できないものではない。それでも、自分がその当事者になっていると考えると、にわかには信じがたい。

 

「……分からない」

 

 ぽつり、と颯真が返した。

 

「僕、誰かを好きになったこととかないから、これが恋愛感情かどうかも分からない」

「え……」

 

 こんどは朱美が絶句する番だった。

 本気で言ってる? と思ったものの、何故か納得してしまう。

 颯真とはそういう人間だ、【ナイトウォッチ】入隊直後も少し他のメンバーから距離を取っていたことを考えると他人を好きになったことが初めてなのも分かる。

 

 それでも。それでも、あまりにも鈍感すぎる。

 だから早く気づきなさいよこのスットコドッコイ! と内心叫びながら、朱美は再びため息を吐いた。

 

「あーあー、ほんと、鈍感なんだから!」

 

 たまらず、朱美が声を上げる。

 

「いい加減、気付きなさいよ。こういうことって周りから言われて気づくのは屈辱の極みよ?」

 

 そう、はっきりと言うが、颯真はそれでも理解していないらしくきょとんとしている。

 もうこうなったら、と朱美は颯真に顔を寄せた。

 

「——私が冬希ちゃんをもらうわよ」

「えっ」

 

 朱美の言葉に、颯真の脳裏に一枚の映像が展開される。

 冬希と朱美が仲睦まじくしているその映像がリアルに再生され、颯真はただでさえ赤くなっていた顔をさらに赤くさせた。

 

「ちょ、それは、あの……っ!」

「ああ南、弘前、ここにいたか」

 

 頭上から冬希の声が響き、颯真は思わず頭を上げた。

 

「冬希さん……」

「? どうした南、熱でもあるのか」

 

 ふむ、ダメージが今頃になって出てきたのか? などと言いつつ颯真の額に手を当てる冬希。

 それを見た瞬間、朱美は「あぁ……」と呻いて額に手を当てた。

 

——そうだった、冬希ちゃんもこの辺自覚ない子だった。

 

 二人が想い合っているのは当事者のみが知らない公然のものであったが、二人がここまで鈍感だともはや打つ手はないかのように思われる。

 だめだこりゃ、と心の中で呟きつつ、朱美は二人を見守ることしかできないことに歯がゆさを覚えていた。

 

 颯真には「好きでしょ」と指摘したが、このような感情は本人が自覚しない限りどうすることもできない。そして、指摘されてもなお颯真は理解していない。

 あまりにも鈍感すぎる二人に、朱美はこの先が前途多難であることを思い知らされるのだった。

 

「……じゃ、冬希ちゃんが来たから私はここで帰るわ」

 

 コーヒーを一気に啜り、朱美が立ち上がる。

 

「それでは鈍感さんたちはどうぞごゆっくり」

「あ、弘前——」

 

 冬希が朱美を呼び止めようとするが、朱美はさっさと伝票と手に取ってレジに向かってしまう。

 

「南君のコーヒーは私の奢り。冬希ちゃんは自腹でよろしく」

 

 ひらひらと伝票を振り、朱美の姿はレジへと消えていった。

 

「……なんだったんだ……」

 

 朱美の勢いに呑まれていた冬希だったが、すぐに気を取り直して颯真の向かいに座る。

 

「南、弘前に何か言われたのか?」

「あ、いや、別に——」

 

 颯真がぶんぶんと首を振る。

 正直なところ、颯真は朱美との話を半分以上憶えていなかった。憶えていなかった、というよりも理解が追い付いていない。

 

 自分は冬希さんのことが好きなんだろうか、そう自問しつつ、颯真は氷が融けて薄くなったコーヒーを一口、啜った。

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