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第50話「よるはたたきつける」

「はぁっ!」

 

 颯真が振り下ろした刀が、【あのものたち】を両断する。

 

「すまん南! そっち行った!」

 

 卓実の声が響き、颯真は声が響いた方向を見た。

 こちらに向かってくる、獣のような姿をした【あのものたち】。

 

 元々、【あのものたち】には固定の形状が存在しない。人の大きさほどの、爪を備えた腕を持つスライムのようなものが個体数としては圧倒的に多いが、これは大抵知性を持たず本能のままに襲い掛かってくる。

 

 その次に多いのは今、颯真に向かってくるような獣型。これはスライム状のものに比べて知性があるらしく、こちら側の攻撃次第では回避行動を行うし、回避が間に合わない場合はコアへの直撃を避けるような動きも見せる。それでも知性は低く、攻撃も前脚の爪による引っ掻きか噛みつきを行ってくる場合が多い。ただ、厄介なのは知性がある分、「群れて行動する」ことだろうか。

 

 今回の【あのものたち】は群れて、一点を攻撃しようとする傾向があった。そのため、防御系の魂技に長けた隊員が敵を引き付け、周りから攻撃するという作戦を取っていたが、その作戦が敵に察知されれば次の作戦に移るしかない。せめてもの救いは先日颯真たちの前に現れた「人語を解する」人型の【あのものたち】が出現しなかったことだろうか。単身でありながら圧倒的な力を持ち、颯真と冬希では太刀打ちできなかった、高度な知性を持つ【あのものたち】。冬希の母親の仇でもあるその個体は、今この状況で相手をするには強すぎる。

 

 群れていた【あのものたち】は数匹ずつのグループになってそれぞれのメンバーに襲い掛かった。【ナイトウォッチ】側も基本的には二人一組でバディを組んでいるのでそれに後れを取ることはない。

 

 しかし、卓実・真ペアを狙ったと思われたグループの狙いは違った。颯真・冬希ペアを狙い、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 卓実と真も咄嗟に足止めを行ったが、そのうちの一体が二人の手をすり抜け颯真に襲い掛かった。

 颯真が刀を向けるよりも早く、【あのものたち】が颯真の右腕に噛みつく。

 

「ぐ——!」

 

 カーボンファイバー製の戦闘服は防弾、防刃性能に長けており、獣型の【あのものたち】の噛みつき程度では破損することはなかったが、それでも強靭な顎に挟まれた痛みは緩和できない。これがスライム型の爪による攻撃であれば戦闘服が切り裂かれた可能性はあったので、それよりも攻撃力の低い獣型だったことは幸運だった。

 

 颯真が太もものシースに手をやり、同じくカーボンファイバー製のナイフを抜く。

 痛みに耐えながらナイフに意識を集中させて自身の魂を増幅させたエネルギーを刃に乗せ、【あのものたち】の頭部に突き刺す。

 

 怯んだかのように頭を外したところを突き飛ばし、颯真は刀で【あのものたち】を貫いた。

 刀の切っ先が体内のコアを捉え、打ち砕く。

 霧散する【あのものたち】を振り払うように刀を振り、颯真はすぐそばで戦っている冬希を見た。

 

「南、大丈夫か!?」

 

 群がる【あのものたち】を切り払いながら冬希が颯真の状態を確認する。

 

「大丈夫! 後で弘前さんに回復してもらう!」

 

 戦闘服のおかげで腕を食いちぎられる、というような事態にはならなかったが、服の下で出血していることは颯真も感じ取っていた。痛みは強いが傷自体は大したことなく、朱美の【回復(Heal)】で翌日に持ち越すこともないだろう。

 

 それでもダメージを受けた事実は颯真を奮い立たせるには十分だった。

 よくも傷を付けてくれたな、絶対に逃がさない、という意思がチップを通じて刀に流れ込む。

 いつもより強く輝く刀を握り、颯真は次の敵を探すかのように視線を巡らせた。

 

 今夜は颯真・冬希ペアと卓実・真ペアの2ペアがデルタチームに編入された形で任務に当たっている。

 颯真と冬希は正式にバディを組んだわけではなかったが、周りからもほぼバディとして認識されていた。二人、特に冬希は不本意のようだが、それぞれ自分勝手に行動しているように見える二人の息は合っていて、見た誰もが「いい加減正式に組め」と思っている。

 

 颯真の隣に冬希が立ち、二人で周りを取り囲む【あのものたち】を見る。

 デルタチームに編入された状態とはいえ、全員がひとまとまりで行動しているわけではない。それぞれのバディがエリアの各ポイントに配置されて【あのものたち】の掃討に当たっている。颯真ペアと卓実ペアだけがまだ経験が浅いということで行動を共にしていただけだ。

 

 獣型の【あのものたち】が四人を取り囲んでいる。

 その、【あのものたち】によって淀んだ空気がざわり、と揺れた。

 

『——っ!?』

 

 四人が一斉に息を呑む。

 【あのものたち】が一斉に動いたと思ったら一か所に集まり、一つの大きな影を作り上げていく。

 これは、こいつは。

 

「アルテミスの予測には上がってないぞ!?」

 

 卓実が声を上げる。直後、回線を開いて隊長である淳史に救援要請を送る。

 一体にまとまった【あのものたち】は複数の腕を展開し、四人に襲い掛かった。

 

「【(Amplifi)(cation)】!」

 

 真が叫び、両腕の光を増幅させて【あのものたち】の腕を受け止める。

 

「まずいぞ!」

 

 卓実が、真が受け止めた腕に向けて銃を撃つが効果は薄い。

 以前現れた大型の【あのものたち】と同じ状況。だが、今回融合して大型化した【あのものたち】は多少なりとも知性を持っている。狡猾である分苦戦は必至。

 

 真が攻撃を受けている横から颯真と冬希が斬りかかる。二本の刃が数本の腕を斬り落とすが、斬り落とした直後に次の腕が出現し、颯真たちを襲う。

 颯真と冬希の攻撃の隙に真もいったん距離を取り、四人は無数の腕をうねらせる巨大な【あのものたち】を見上げた。

 

「まずいぞ……」

 

 真が唸るように呟く。

 斬り落としても無限に増える腕。以前戦った【あのものたち】とタイプが違うため、攻撃パターンは不明。

 隙を見せれば喰われるが、【あのものたち】を攻撃する隙は見つからない。

 

 ——と、巨大な腕が尻尾のように四人を薙ぎ払った。

 咄嗟に四人がそれを飛び越え、回避するがそこを好機とばかりに別の腕が卓実と真に襲い掛かる。

 

「がはっ!」

 

 薙ぎ払い攻撃を飛び越えるために空中に跳び上がった卓実と真が追撃をまともに受けて後方に弾き飛ばされる。

 

「中川! 足立!」

 

 冬希が二人に声を掛ける。苦しげに呻いたものの、すぐに体を起こした二人はそれなりにダメージを受けたものの戦闘不能にはなっていない。

 

「くっそおおおおお!!」

 

 颯真が刀を構え直し、【あのものたち】に斬りかかる。

 卓実と真が追撃を受けないように、敵の注意を引き付けるかのように颯真は叫び、刀を振る。

 【あのものたち】の腕を斬り落とし、さらに踏み込み、本体を狙う。

 

 しかし、颯真一人で全ての腕を捌ききることはできなかった。

 薙ぎ払われた腕を颯真が刀で受ける。重い衝撃が腕から全身に走り、颯真が呻く。

 先ほど受けた噛みつき攻撃のダメージが颯真にさらなる痛みを与えてくる。

 

「く——」

 

——だめだ、僕一人では勝てないかもしれない。

 

 せめて、デルタチームの援護が来るまでは。

 そう颯真が思った時、脳内で「声」が響いた。

 

『上だ!』

 

 聴こえた声に、咄嗟に颯真が刀を頭上で構える。

 叩きつけられる腕。

 弾き飛ばそうにも、振り下ろされた腕の攻撃は重く、弾けない。

 このままでは地面に叩き伏せられるのでは、と颯真が呻く。

 

『颯真、避けろ!』

 

 再び、声が聞こえる。

 だが、颯真はその指示に従うことができなかった。

 頭上で腕を受け止め、がら空きになった颯真の胴体に別の腕が叩き込まれる。

 

「が——っ!」

「南!」

 

 弾き飛ばされた颯真に、冬希が叫び声で呼びかける。

 近くの住宅の塀に叩きつけられた颯真はその場に倒れ込み、ピクリとも動かない。

 まずい、意識を失っている、と冬希が颯真に駆け寄る。

 

 ここで颯真が追撃を受ければひとたまりもない。せめて、意識を取り戻す措置をとるだけでも——。

 冬希の予想通り、【あのものたち】は気絶した颯真に襲い掛かった。

 冬希が颯真に伸ばされた腕を刀で弾くが、無数の腕は圧倒的な物量で冬希の手から刀を弾き飛ばす。

 

「しまっ——!」

 

 冬希が思わず地面に落ちた刀を目で追う。

 その隙に、【あのものたち】の腕が颯真に襲い掛かった。

 

「南!」

 

 体勢を立て直しつつ颯真の様子を見ていた卓実が叫ぶ。

 だめだ、この攻撃は気絶し、魂の強化が解除された状態で受けてはいけない。

 こんなところで俺は仲間を喪うのか、という思いが卓実の脳裏をよぎる。

 

「南、起きろ!」

 

 叫んだところでどうなるわけでもないが、叫んでしまう。

 鋭い爪を生やした腕が颯真に振り下ろされる。

 

『南!!』

 

 冬希、卓実、真の声が重なる。

 ()()()()()()()()()、立ち上がる土煙。

 土煙は一瞬、周りの視界を奪うが、それはすぐに風に吹き飛ばされ、視界がクリアになる。

 

「あ——」

 

 そう、声を上げたのは誰だろうか。

 

「南!」

 

 再び、冬希が叫ぶ。

 地面に叩きつけられた腕と、()()()()()()()腕。

 地面に腰を下ろした状態ではあったが、颯真は素手で腕を受け止めていた。

 

「大丈夫!?」

 

 冬希が颯真に声をかけるが、颯真はそれに応えない。

 その代わり、

 

「——っ!?」

 

 颯真の全身を、いつもの金色の光ではない、()()()()()()()()()金色の光が包み込んでいた。

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