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第46話「よるをみあげる」

 そのエリア一帯は住民の避難が完了しており、人の気配は一つもなかった。

 破壊されたバリア発生装置のある方向を見て颯真はふぅ、と小さく息を吐く。

 

 発生装置を破壊した実行犯が【あのものたち】派であるとは限らない。それこそ大金を積まれた貧困者である可能性も十分考えられる。問題はそういった人間ではない。発生装置の破壊を依頼した人間がいることが問題なのだ。

 

 【あのものたち】を信奉する政府関係者がいるというのは颯真にとってショックだった。【夜禁法】を推進し、人々を守る立場にいるのだから全員夜を取り戻したいと思っている、と思っていた。

 

 しかし、政府側も一枚岩ではない、ということか。

 政府の中にも【あのものたち】を信奉し、夜を【あのものたち】に明け渡したいと考える人間は当然、存在するだろう。そもそも政治の世界も与党と野党でぶつかり合うことが多いのだ。それなのに全ての政党が打倒【あのものたち】を掲げていると考える方がおかしい。こうなることは必然であり、当然のことなのだ。

 

「南、」

 

 颯真の隣に立ち、冬希が声をかける。

 

「今夜のエリアは民家密集地だ。下手に壊したら賠償と隠蔽が大変だから気をつけて」

「分かってる」

 

 颯真が頷き、冬希を見る。

 

「そう言うってことはもしかして冬希さん、民家を——」

「私が壊したのは犬小屋だけだ! 他には何も——」

「壊してるじゃん」

 

 う、と冬希が呻く。

 言わなければバレなかったことを、冬希はうっかり口を滑らせてしまった。

 冬希さんって意外と口が軽い? と思いつつも颯真は苦笑して周囲を見回す。

 

「アルテミスの予測、電磁バリアの破壊は想定に入っていなかったのか再計算になったけどそんなやばい奴は出ない、ってなってたし、民家に立ち入られなければなんとかなるかな」

「そうだな。例外はあっても基本的に家屋には侵入、出現しないと言われているから敷地内に踏み込まれさえしなければ大丈夫だと思う」

 

 そんなことを話し合っているうちに、周辺の道路でゆらり、と闇がゆらめき、【あのものたち】が姿を現す。

 

《今夜は防衛戦だ。なるべく、民家に近寄らせるな!》

 

 誠一の声が届く。

 了解、と颯真と冬希は地面を蹴った。

 

『【解放(Release)】!』

 

 颯真と冬希の刀に光が宿る。

 その光で【あのものたち】を切り裂き、二人は周辺の【あのものたち】の配置を確認する。

 アルテミスの予測と警らドローンなどからの映像を元に展開されたマップを視界の中で確認しながら、二人は次々に【あのものたち】を斬り捨てていく。

 民家に近寄らせてはいけない、それ以上にバリアの発生装置に近づかせてはいけない。今、発生装置は修理中。つまり修理を行なっている人間がいる。彼らを危険に晒すわけにはいかない。

 

 バリアの発生装置自体は金属バットか何かで叩き潰されたようだが、支柱やその周辺に大きな問題はない。装置そのものを交換すれば復旧するので一晩中かかる、といったことはない。周辺の金網等の補修も含めて最大三時間もあれば終了するだろうか。

 

 つまり、この三時間を耐え切れば防衛戦自体は終了する。防衛戦が終わればあとはいつも通りの戦いだ。

 今回の任務、ちょうどいいとばかりに新人チームがこのエリアの担当に回されており、颯真と冬希はバリアの発生装置に一番近いポジションを任されていた。

 

 それは誠一の配慮であり、颯真が下手に迷って戦えなくなるよりも比較的出現率が低めのポジションいた方がいい、という考え。同時に、発生装置の間近にいることで「守らなければいけない」人間がいる、と実感させるためでもある、と颯真は理解していた。

 

 淳史や誠一の言葉を聞いて「まずは自分が守りたいと思った人間を守る」と決めた颯真。しかし、もしその人物が裏切り者だったら、という可能性が脳裏をよぎる限りその刀に迷いが生まれる。

 

 実際、颯真の刀は迷いを孕んでいるかのようにいつもの輝きを持たず、ゆらめいていた。

 

「南! そっちに行った!」

 

 冬希の声に、颯真が刀を構え直す。

 真っ直ぐ颯真に飛び込んできた獣のような姿をした【あのものたち】を両断、横から回り込んできた個体を反す刀で斬り捨てる。

 普段ほどの数は押し寄せてこない。それらは他のメンバーが対処して、颯真たちは近くに出現した個体だけを相手にしている。

 

 それでも、颯真は額の汗を拭い、大きく息を吐いた。

 いつもより消耗が激しい。何故だ、と考えても魂技はチップの所有者の魂に、心にその性能を左右される。

 迷っている? と颯真は自問した。夜を守ることについて、迷っているのか、と。

 

 そんなことがあるか、と首を振って否定する。迷うことなんて何もない、僕は人々を守ると決めた、と。

 

——本当に、守る価値はあるのか?

 

 そんな、声が聞こえたような気がした。

 普段聞こえるような優しい声ではない。颯真自身の、人々を疑う疑念の声。

 【あのものたち】に与するような人間に、守る価値はあるのか、と声は問う。

 

「そんなわけ——あるか!」

 

 そう叫びながら、颯真が刀を振るう。

 

「南、踏み込みすぎだ!」

 

 自分たちの担当エリアを外れかけている、と冬希が颯真を止める。

 その声にハッとして颯真が後退し、それを追った【あのものたち】を冬希が斬り捨てる。

 

《まずい、人の姿が見える! 発生装置に向かっているぞ!》

 

 不意に、卓実の声が颯真と冬希に届く。

 

「——っ!」

「バカな!」

 

 颯真と冬希が同時にバリア発生装置の方角を見る。

 同時に、二人の視界のマップに光点が一つ追加される。

 近い、と颯真は地を蹴った。

 卓実の言葉が正しければこの人物は発生装置に向かっているが修理担当とは全く関係のない人間。もしかすると、修理担当に危害を加えるかもしれない。

 

「冬希さんは【あのものたち】を!」

 

 【(Reinfor)(cement)】のコマンドも併用し、颯真は速度を上げて所属不明の何者かに接近、組みついた。

 

「なんだお前!」

 

 颯真に組み伏せられ、バリア発生装置に向かおうとしていた男がもがき、颯真を振り解こうとする。

 だが、訓練で鍛えた上に強化のコマンドを使用している颯真はびくともしない。

 

「なんでこんなところにいるんですか!」

 

 【夜禁法】の違反で逮捕します、と手錠を取り出す颯真に、男はバカか、と嗤った。

 

「そういうお前も【夜禁法】を破っているだろうが!」

「僕は夜を歩く権限を持ってます!」

 

 【ナイトウォッチ】だから、とは言わない。冬希なら言ったかもしれないがその言葉を安易に出していいとは颯真は思っていなかった。

 何を、と男がさらにもがく。

 

「【タソガレさま】を攻撃する不届者だろうが! はっ、そうか、お前が【タソガレさま】を殺すべき、と動いている政府の狗(【ナイトウォッチ】)か!」

「——っ」

 

 男の言葉に颯真が一瞬怯む。

 【タソガレさま】の名を出したことから、この男は【あのものたち】派の人間。

 

 だが、颯真が怯んだのはその言葉にではなかった。

 「政府の狗(【ナイトウォッチ】)」という憎悪の言葉。

 この男は、僕たちを憎んでいる、と颯真ははっきりと認識した。

 何を、と颯真が思わず拳を振り上げる。

 

「僕がどんな思いで戦ってると思ってるか分からないんですか!」

 

 人々のためと思っているのに、それを否定され、怒りとも悲しみともつかない感情が颯真の胸を締め付ける。

 人々のため、はもしかすると傲慢な考えかもしれない。それでも、戦う力があるのなら、その力を人々のために使いたいと思うのは颯真の中では当然の感情だった。それを否定され、政府の狗と罵られ、何のために戦っているのか分からなくなる。

 

 振り上げられた颯真の拳が男に向けて振り下ろされようとする。

 その颯真に、何か——別の男が襲い掛かった。

 

「南!」

 

 駆けつけた冬希が颯真に襲い掛かった男に体当たりする。

 

「ぐ——っ!」

 

 冬希に体当たりされた男が地面に倒れ、その手から離れた銀色の刃——ナイフが零れ落ちる。

 まだいたのか、という思いとこのままではまずい、という考えが颯真を追い立てる。

 

「やっぱり政府の狗が! 政府の狗は民間人でも殴るのか!」

「——っ、」

 

 颯真が低く呻く。

 実際には殴る前に妨害されたが、一般市民に手を上げたのは事実である。

 颯真を睨む二人の男。【あのものたち】を崇拝する、狂信者。

 

 ほんの一瞬だが見えた。

 ジャケットの背には一つの紋章が描かれていた。

 以前にも見た、機械の回路と植物の根を掛け合わせたような紋章——【あのものたち】派の紋章。

 

 今までどうやって警らドローンの目を掻い潜っていたかは逮捕した後、取り調べをすれば分かることだ。しかし、この男は明らかな殺意を持って【ナイトウォッチ】を攻撃した。

 冬希が颯真の隣に立ち、刀を男たちに向ける。

 

「はっ、その刀で斬るってか? 夜の秘密を守るためには民間人の殺害も厭わないってか!」

 

 男の一人が挑発的に言う。その言葉に、冬希の眉が寄る。

 

「貴方たちはそんなにも死にたいのか!」

 

 違う、【あのものたち】は貴方たちが思うほど親切な存在ではない、と冬希が警告するが、男たちはそれを鼻先で笑う。

 

「はん、何言ってるんだ、【タソガレさま】は俺たちに夜の真実を見せてくれると言ったんだ、人間は夜を知る権利がある、と! 【夜禁法】で夜を隠す政府のことなんて信じられるか!」

 

 対話不可能、その単語が颯真と冬希の脳裏をよぎる。

 何を言っても無駄だ、この二人は逮捕しなくてはいけない。いずれにせよ、【夜禁法】に違反しているのだから逮捕するのは確定だ、とにかくこれ以上事態を悪化させる前に確保しなければ。

 

 幸いなことに、二人は電磁バリア発生装置ではなく颯真と冬希に意識を払っている。いくら狂信者であっても魂技を使える【ナイトウォッチ】の敵ではない。

 逮捕する、と颯真と冬希が顔を見合わせ、頷き合う。

 

「夜間外出及び公務執行妨害で逮捕します! 抵抗はやめてください」

 

 颯真が二人に通告する。それを大人しく受け入れる二人ではないだろうが、罪状を告知せずに逮捕するわけにもいかない。

 はん、と男の一人が鼻で笑う。

 

「やれるものならやってみろよ! 俺たちには【タソガレさま】が付いている!」

 

 高らかに叫ぶ男。同時に、ふっ、と周囲の光が消えた。

 街灯の光も月の光も、まるで幕をかけたかのように光量を落とし、暗闇がその場を支配する。

 

「南、気を付けろ!」

 

 刀を構えた冬希が魂の光を刀身に纏わせ、颯真に警告する。

 その背後に闇が集まり、【あのものたち】を形作る。

 

『——っ!』

 

 颯真と冬希が刀を構える。いくら狂信者であっても一般市民を危険に晒すわけにはいかない。

 

「【タソガレさま】! あの政府の狗を蹴散らしてください!」

 

 颯真と冬希を指さし、男が叫ぶ。

 それに呼応するように【あのものたち】が()を振り上げる。

 次の瞬間、振り下ろされた刃は、

 

「が——っ!?」

 

 男の一人に、突き立てられた。

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