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第37話「よるはあざわらう」

「……ふむ」

 

 颯真からの報告を聞いた誠一が低く呟いた。

 

「夜の街を撮影した動画、しかし撮影者が【あのものたち】の餌食になっていないことを考えると撮影者は夜間外に出ていない可能性が高い。いや、待てよ——」

 

 そこまで呟いてから、誠一は何かに気付いたようだった。

 ちら、と颯真を見て、確認する。

 

「そういえば動画を配信していたのは【政府の闇を切り裂く】チャンネルだと言っていたな。あのチャンネルは政治がらみの陰謀論を主に取り扱うもので、基本的にはネタをネタとして楽しめる人間でないと呑まれる。しかし今までは【夜禁法】には触れたとしても『政府は夜間に秘密兵器の実験をしている』とか荒唐無稽なもの、エビデンスも何もないものばかりだったが……」

「【ナイトウォッチ】としては……いや、政府としては警戒していなかったのですか?」

 

 誠一が【政府の闇を切り裂く】チャンネルを認知していたというのなら、【ナイトウォッチ】も政府もそのチャンネルの存在を知っているということになる。それなのに削除依頼を出したりしていないということを考えると何か思惑があるのだろうか。

 そう、颯真が訊ねると、誠一はそうだな、と小さく頷いた。

 

「政府はチャンネルの存在を警戒している。しかし、下手に運営に削除依頼を出すことはできないから度の過ぎた動画の削除依頼を出す程度にとどめていた。何故だか分かるか?」

 

 誠一に問われ、颯真が首をかしげる。

 警戒しているのならすぐに削除してしまった方が心配の芽は少なくて済む。それなのに敢えて削除しない理由とは何だ。

 暫く考えて、颯真は一つ、心当たりに思い付いた。

 

「……削除することで『不都合なことを隠蔽している、チャンネルの言葉は真実だ』と認識させるからですか」

 

 それなら納得できる。

 人間は自分に不都合なことが起こった場合に怒ったりあからさまな態度をとることがある。その態度で相手が隠していることは事実だと悟ってしまうことがある。

 それはこの動画投稿サイトに対しても同じだ。【政府の闇を切り裂く】チャンネルを削除することでチャンネルが発信している情報が真実だと相手に思わせてしまう。

 

 移動の間にいくつかの動画を見てみたが、このチャンネルが発信する情報はほとんど噂程度、拗らせた陰謀論者が何の根拠もなく主張する荒唐無稽なものばかりではあったが、一部の汚職疑惑などは実際にニュースで報道された、事実のものものある。とはいえ、ほとんどの人間は「まぐれだろ」とコメントしており、むしろチャンネルの荒唐無稽さを楽しんでいるようだったが、流石に今回の夜の動画は度が過ぎている。コメントを見る限り「よくできたドラマだな」と真に受けている人間はほとんどいないようだったが、それでも一部の人間は「これが政府が隠したかった真実なのか」と騒いでいる。

 

 尤も、この動画は颯真がチャンネルを回っているうちに「過度の暴力表現」を運営に指摘されて削除されていたが動画削除に関してもこのチャンネル内ではよくある話なのかコミュニティでは「またか」程度で済まされている。

 いずれにせよ、ほとんどの()()()()人間はこのチャンネルをばかげたネタを発信するネタチャンネルとして認識しているため、そこまで危険視する必要はないが、もしここでチャンネル削除など行えば逆に「何かあった」「政府に不都合なことがあって揉み消して」と思われるだろう。

 

 なるほど、ど颯真は自分の考えを言葉にし、耳に入れたことで納得した。

 敵は【政府の闇を切り裂く】チャンネルではない。民衆そのものなのだ。

 そうだ、と誠一が頷く。

 

「それに、民衆の目を真実から逸らすこともできるからな。【夜禁法】の真実、それもエビデンスが提示された状態で報道されれば対処せざるを得なくなるが、あの動画程度なら何かしら理由を付けて削除すれば怪しまれることもない」

 

 そう言って笑って見せる誠一だったが、目は笑っていない。

 誠一なりにあのチャンネルを危険視しているのか、と颯真は内心で呟いた。

 

 いくら荒唐無稽、何のエビデンスもない情報を垂れ流しているチャンネルとはいえ、そこで真実が明かされないとは言い切れない。チャンネル登録者数もかなり多いことを考えると、登録者が真実だと認識してしまえばたとえ虚構であっても真実となってしまう。

 もし、そうなった場合——この国は混乱に陥る。

 メディアの、人々に対する影響力は計り知れない。個々が一人で叫んでも見向きもされないが、少しでも影響力のある人間が声を挙げればそれは一瞬で伝播する。

 

 もし、このチャンネルが【夜禁法】の真実を突き止め、それが真実だと人々が認識してしまえば。

 危険だ、と颯真は呟いた。

 奏翔はあの動画を疑っている。ただの与太話ではなく、もしかすると真実かもしれない、と。

 これを信じる人間が増えたら混乱は避けられない。

 どうする、と颯真は考えた。颯真一人が考えたところで解決する力はほとんどないが、それでもなんとかした、と考えてしまう。

 

 いつかは【ナイトウォッチ】が【あのものたち】を裏の世界に押し返して夜を取り戻すだろう、とは信じている。しかし、それまでにこの夜の真実が広まってしまえば夜を取り戻すどころではなくなってしまう。もしかすると【あのものたち】を神のように敬って【ナイトウォッチ】を攻撃する人間も出てくるかもしれない。

 

 人間とはそういうものだ。自分にとって心地いいものだけを信じて、耳障りであれば真実であっても拒絶する。今後、そういうことが起こる可能性が出てきた、ということなのだ。

 

「神谷さ——」

「颯真君、報告してくれてありがとう。この件は確かに【ナイトウォッチ】、いや、政府も把握していたことではあったが想定よりも深刻な状況になっている可能性が出てきた。まずはあの動画の撮影者の特定、そしてどうやって撮影したのか、だな」

 

 ふう、と息を一つ吐き、誠一が両手を組んで目を閉じる。

 

「……確かに電磁バリアは警らドローンなどの制御や他のエリアとの通信のために電波通信を遮断することはない。逆に言えば、配信用のカメラドローンを飛ばすことは可能。しかし——」

 

 誠一が低く唸り、言葉を続ける。

 

「カメラドローンなら冬希君が気付いたはずだ。いくら単身、乱戦状態であったとしても市販のカメラドローンに気付かないとは思いにくい」

「まさか、夜出歩いているのに【あのものたち】に襲われなかった人間が、いる……?」

 

 あり得ない、と思いつつも颯真はその可能性を提示する。

 カメラドローンは最近はかなり静音化も進んで、よほど静かな場所でない限りモーター音を感知することはできない。しかし、サイズは小型化が進んだとはいえ、それでもそれなりの性能のカメラを積んだものならある程度の大きさはあるしカメラに内蔵されている各種LEDなどの光は暗闇で目立つ。

 

 そう考えると、あの現場を撮影したのはドローンではなく人間である可能性が浮上する。

 あの状況で暗闇に溶ける服装で、カメラの発光部分を全て塞げば誰も存在に気付かないだろう。

 あり得ないとは思ったが、「あり得ないはあり得ない」。何があってもおかしくない状況では、あらゆる可能性を考えなければいけない。

 そうだな、と誠一も頷いた。

 

「もしかすると、【あのものたち】に与する人間も存在するかもしれない。実際のところ、【あのものたち】も高位のものとなると知性を持ち、人間と会話することができるという研究データは出ている。あり得ない話ではないな」

「そんな……」

 

 呆然と颯真が声を上げる。

 暫く見ていなかった人間の闇を見てしまった気分。

 自分に都合のいいことだけを信じ、そのためには他者を平気で利用しようとする、人の心の闇。

 その闇は夜と同じくらい深く、暗いものだった。

 そんな人間を守らなければいけないのか、と颯真は一瞬考えた。

 

 考えたが、すぐに思い直す。

 そんな考えはただの傲慢だ。守るべき人間と見捨てていい人間を人間が判別してはいけない。街の人を守る、と決めたのなら相手がたとえどれほどの悪人であったとしても等しく守るべきだ。

 

 勿論、それを決めることを許された存在が命じるのであればその指示に従うべきなのかもしれない。しかし、颯真一人の意志で見捨てることは、たとえ死刑を目前にした死刑囚であっても行ってはいけない。

 ふぅ、と颯真が一つ息を吐く。

 

「大丈夫か?」

 

 険しい顔をした颯真に、誠一が声をかける。

 

「大丈夫です」

 

 顔に出ていたか、と反省しつつ颯真が答えると。

 

「【ナイトウォッチ】は損な役回りだよ。たとえどれほどの違法行為を働いたとしても【あのものたち】に襲われた人間は助けなければいけない。だが、それで感謝されるどころか罵倒されることもある」

 

 それでも、我々は人々を守らなければならない、と誠一が続ける。

 

「そうですね」

「不本意そうだな」

 

 颯真の反応に、誠一が苦笑する。

 無理もない、守ろうと思った人間は颯真が思っているほどきれいな存在ではない。そのギャップに揺らいでしまっているのだろう。

 そこで揺らぐな、とは誠一は言わない。その迷いを乗り越えて最終的にどうするか、である。

 願わくばその目を曇らせることなく真っすぐ未来を見据えてほしいと。

 誠一はそう願わずにはいられなかった。

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